蹲踞うずくま)” の例文
つくねんと蹲踞うずくまった揚句やっぱり望みを達せずに、空しく木屋町へ戻る事になったら、却ってあきらめが着いてせいせいするだろう。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お勢母子ぼしの者の出向いたのち、文三はようやすこ沈着おちついて、徒然つくねんと机のほとり蹲踞うずくまッたまま腕をあごえりに埋めて懊悩おうのうたる物思いに沈んだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あすこは川添いに柳の木がうわっている、何とかいう旅館の塀の前あたりの柳の根方に、川に面して黒い蹲踞うずくまった男の姿があった。
幽霊を見る人を見る (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
で、野原の雪の中に蹲踞うずくまってじっと白装束の三つの影を見送っていると、最初に立ったのは、老人のようで頭に何か白いものをかぶっている。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
池幅の少しくせまりたるに、す牛を欺く程の岩が向側から半ば岸に沿うて蹲踞うずくまれば、ウィリアムと岩との間はわずか一丈余ならんと思われる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時にはまたこんなところにと思はれるやうに溷濁こんだくした空気の中に、知らん顔をして芸術が蹲踞うずくまつてゐるやうなこともある。
黒猫 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
この無口な女と、かまどの前に蹲踞うずくまっている細帯しめた娘とは隠居の家に同居する人らしかった。で、私はこれらの人に関わず隠居の話に耳を傾けた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あかり無しで、どす暗い壁に附着くッついたくだんの形は、蝦蟆がまの口から吹出すもやが、むらむらとそこで蹲踞うずくまったようで、居合わす人数の姿より、羽織の方が人らしい。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卑弥呼は藁戸の下へ蹲踞うずくまると、ひとりすずなを引いては投げ引いては投げた。月は高倉の千木ちぎを浮かべて現れた。森の柏の静まった葉波は一斉に濡れた銀のうろこのように輝き出した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と言って彼女は両手で顔を押えてその場に蹲踞うずくまってしまった。
怪談綺談 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
父がその屍体と相対して冥想にふけっていた間、滋幹はとある塚のうしろに蹲踞うずくまって息を詰めていたのであったが、中天にあった月がやゝ西に傾き
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やなぎれて条々じょうじょうの煙をらんに吹き込むほどの雨の日である。衣桁いこうけたこんの背広の暗く下がるしたに、黒い靴足袋くつたび三分一さんぶいち裏返しに丸く蹲踞うずくまっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて砥石の傍に水の入った桶が置れて、小舎こやに行った男が土の上に蹲踞うずくまって大きな鉞をぎ始める。けれどこの悪者はだ一言も互に話し合わなかった。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
土塀どべいに近く咲いた紫と、林檎りんごの根のところに蹲踞うずくまったような白とが、互に映り合て、何となくこの屋根の下を幽静しずか棲居すまいらしく見せた。土塀の外にもカチャカチャなべを洗う音などがした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「何者ぞ。」掉冠ふりかむれる蝦蟇法師の杖のもとに老媼は阿呀あわや蹲踞うずくまりぬ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酔った職人風の男が蹲踞うずくまり、老婆に弾かせて唄っている。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
婦人は温泉煙ゆけむりの中に乞食こじきのごとく蹲踞うずくまる津田の裸体姿はだかすがたを一目見るや否や、いったん入りかけた身体からだをすぐあとへ引いた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あまり長時間便器にまたがって蹲踞うずくまっていたので、腰や脚が疲れて、いつの間にか金隠しの前に両手をついてしまい、とうとう頭までべったり板の間についてしまっていたことも
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そう、そう、私はあの時、この岸の下の方に低いやなぎの沢山蹲踞うずくまっているのを瞰下みおろして、秋の日にチラチラする雑木の霜葉のかげからそれを眺めた時は、丁度羊の群でも見るような気がした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
真夜中に雨戸を一枚明けた縁側のはじ蹲踞うずくまっている彼女を、うしろから両手で支えて、寝室へ戻って来た経験もあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小夜子はふすまの蔭に蹲踞うずくまったまま、動かずにいる。先生は仕方なしに浅井君の方へ向き直った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜が明けたら、自分がり落ちた柱の下に、足だけ延ばして、背を丸く蹲踞うずくまっていた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾輩は鮑貝あわびがいそばにおとなしくして蹲踞うずくまる。二疋の怪物は戸棚の中へ姿をかくす。主人は手持無沙汰に「何だ誰だ、大きな音をさせたのは」と怒気を帯びて相手もいないのに聞いている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秘蔵の義董ぎとうふくそむいてよこたえた額際ひたいぎわを、小夜子が氷嚢ひょうのうで冷している。蹲踞うずくまる枕元に、泣きはらした眼を赤くして、氷嚢の括目くくりめに寄るしわを勘定しているかと思われる。容易に顔を上げない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は驚ろいて眼をましたが、周囲あたり真暗まっくらなので、誰がそこに蹲踞うずくまっているのか、ちょっと判断がつかなかった。けれども私は小供だからただじっとして先方の云う事だけを聞いていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
元朝早々主人のもとへ一枚の絵端書えはがきが来た。これは彼の交友某画家からの年始状であるが、上部を赤、下部を深緑ふかみどりで塗って、その真中に一の動物が蹲踞うずくまっているところをパステルで書いてある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)