“賎”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
いや66.7%
いやし33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
すると或(あ)る時(とき)、鎌倉(かまくら)のある所(ところ)に、能狂言(のうきょうげん)の催(もよう)しがありまして、親子(おやこ)三人(にん)連(つ)れでその見物(けんぶつ)に出掛(でか)けました折(おり)、不図(ふと)間近(まじか)の席(せき)に人品(じんぴん)の賎(いや)しからぬ若者(わかもの)を見(み)かけました。
形状(かたち)の外(ほか)におのずから賎(いや)しからぬ様露(あらわ)れて、其(その)親切なる言葉、そもや女子(おなご)の嬉(うれ)しからぬ事か。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
是はまあどうした訳と二三日は気抜(きぬけ)する程恨めしくは存じたれど、只今(ただいま)承れば御親子(ごしんし)の間柄、大切の娘御を私風情の賎(いやし)き者に嫁入(よめいら)してはと御家従(ごけらい)のあなたが御心配なすッて連(つれ)て行(ゆか)れたも御道理
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さりながら正四位(しょうしい)何の某(なにがし)とあって仏師彫刻師を聟(むこ)には為(し)たがらぬも無理ならぬ人情、是非もなけれど抑々(そもそも)仏師は光孝(こうこう)天皇是忠(これただ)の親王等の系に出(いで)て定朝(じょうちょう)初めて綱位(こうい)を受(う)け、中々(なかなか)賎(いやし)まるべき者にあらず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)