筋向すじむこう)” の例文
爺さんが筋向すじむこうの医者の門のわきへ来て、例のそこなった春のつづみをかんと打つと、頭の上に真白に咲いた梅の中から、一羽の小鳥が飛び出した。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この道程みちのりもさほど遠いとも思わず初めのうちは物珍しいのでかえって楽しかった。宮内省くないしょう裏門の筋向すじむこうなる兵営に沿うた土手の中腹に大きなえのきがあった。
台所の板の間でひとふるえていても一向いっこう平気なものである。吾輩の尊敬する筋向すじむこうの白君などは度毎たびごとに人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
表の戸袋へななめに張った貸家札の書出しで差配はすぐ筋向すじむこうの待合松風と知れている処から、その家の小女を案内に一応うちの間取を一覧し、早速手付金を置いて契約を済ました。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さては先生の寛容深くわが放蕩無頼をとがめたまはざるかと、思へばいよいよ喜びに堪へず、直に筋向すじむこうなる深川亭ふかがわていにいざなひしが、何ぞはからんこの会飲永劫えいごうの別宴とならんとは。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
窓掛の隙間すきまから硝子へ顔をしつけて、外をのぞくと扇骨木かなめ植込うえごみを通して池が見える。棒縞ぼうじまの間から横へ抜けた波模様のように、途切れ途切れに見える。池の筋向すじむこう藤尾ふじおの座敷になる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)