立上たちのぼ)” の例文
二枚の疊を裏返して、白布を敷き詰め、前の經机には、觀音經が一卷、その側には、ユラユラと香煙が立上たちのぼつて居ります。
自分は珈琲の中に強いアルコオル性のコニヤツクをそゝいで、立上たちのぼる湯氣と共に其の薫りを深く吸ひ込んだ。一時の悲愁は忽ち消えて心がうつとりとなる。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
或日瀧口、閼伽あかみづまんとて、まだけやらぬ空に往生院を出でて、近き泉の方に行きしに、みやこ六波羅わたりと覺しき方に、一道の火焔くわえんてんこがして立上たちのぼれり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
するとその印を結んだ手のうちから、にわかに一道の白気はっき立上たちのぼって、それが隠々と中空なかぞらへたなびいたと思いますと、丁度僧都そうずかしらの真上に、宝蓋ほうがいをかざしたような一団のもやがたなびきました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
次の案内を、兵馬が玄関先で暫く控えて待っている間、この代官屋敷の奥の一方で、しきりに三味線の音と陽気な唄の声が立上たちのぼるのを聞き、兵馬は一種異様の感を起さないわけにはゆきません。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、とこなる一刀スラリと拔きて、青燈の光に差し付くれば、爛々たる氷の刃に水もしたゝらんず無反むそり切先きつさき、鍔をふくんで紫雲の如く立上たちのぼ燒刃やきばにほひ目もむるばかり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)