番附ばんづけ)” の例文
明治八、九年頃の画家番附ばんづけに淡島椿岳の上に和洋画とあるのを以て推すと、洋画家としてもまた相応に認められていたものと見える。
それでも木戸口には十何人か頭をげて芝居の番附ばんづけを見ていた。外に一かたまりの人が、何にも見ずに立っていた。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「それゆえ熱うなってなお通ったと申すか。いや、面白い。面白い。心覚えに致しておく要がある。今いちどそれなるうつけ者達ののぼせ番附ばんづけ呼びあげてみい」
自分ばかりが博識ものしりがるものなり、菊塢きくう奥州おうしうよりボツト出て、堺町さかひてう芝居茶屋しばゐぢやや和泉屋いづみやかんらうかた飯焚めしたきとなり、気転きてんくより店の若衆わかいしゆとなり、客先きやくさき番附ばんづけくばりにも
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
素人しろうとの熱心な飼育家も多く輩出はいしゅつした。育てた美魚を競って品評会や、美魚の番附ばんづけを作ったりした。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もったいなくも生みの父母に大小便の世話をさせて、さしもの大兵だいひよう肥満も骨と皮ばかりになって消えるように息を引きとり、本朝二十不孝の番附ばんづけの大横綱になったという。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それにまだ世間せけんには売物ばいぶつにないと結構けつこうなお下物さかなでせうなんだか名も知らない美味物許うまいものばかりなんで吾知われしらず大変たいへんつちまひました、それゆゑ何方様どちらさまへも番附ばんづけくばらずにかへつたので
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
日本画家番附ばんづけといふものを発行してゐる男が、東京と京都とに二三人づつと名古屋に一人居る。
この御正月、白木屋へいらっしゃいまして、御求め遊ばしたので——鶯茶うぐいすちゃ相撲すもう番附ばんづけ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うむ、玉水三郎……。」いいながらせわしなく懐中ふところから女持おんなもち紙入かみいれさぐり出して、小さな名刺を見せ、「ね、玉水三郎。昔の吉さんじゃないぜ。ちゃんともう番附ばんづけに出ているんだぜ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
東京では芝居の番附ばんづけというものが震災以後いつとはなしに絶えてしまった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
既に忘れられて名も知れなくなってしまった当時の卑俗俳諧はいかいの宗匠たちが、俳人番附ばんづけの第一席に名を大書し、天下に高名をうたわれている時、わずかその末席に細字で書かれ、漸く二流以下の俳人として
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
此様こんなにお早くらつしやるてえのはぽどすきでなければ出来できない事でエヘヽヽ先達せんだつて番附ばんづけの時にあがりましたが、うも彼所あすこかららしつたかと思ふとじつびつくりするくらゐなもので
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「うむ、玉水三郎たまみづさぶらう………。」ひながらせはしなく懐中ふところから女持をんなもち紙入かみいれさぐり出して、小さな名刺を見せ、「ね、玉水三郎たまみづさぶらう。昔のきちさんぢやないぜ。ちやんともう番附ばんづけに出てるんだぜ。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
清峰は明治元年八十二歳を以て歿するまで鳥居派世襲の本業たる江戸三座劇場の看板及番附ばんづけを描きしかたわら、美人画役者絵の板刻あれども共に歌川派の画風に倣ひてしかもまた国貞に及ばず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)