深更よふけ)” の例文
この偐紫楼の深更よふけを照す円行燈のみは十年一日の如くに夜としいえば、必ず今見る通りの優しいなまめかしい光をわが机の上に投掛けてくれたのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鶴岡つるおか城下の話であるが、ある深更よふけに一人の武士が田圃路たんぼみちを通っていると、焔のない火玉ひのたまがふうわりと眼の前を通った。
鬼火を追う武士 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
昼間丸ノ内を徘徊はいかいしていた痣蟹が、深更よふけになってなぜ屍体を盗んでいったのだろう。一郎はなぜ弟の屍体を追わなかったのだろう。果して彼は弱虫だったろうか。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一番どりであろう……とりの声が聞こえて、ぞっとした。——引手茶屋がはじめた鳥屋でないと、深更よふけに聞く、鶏の声の嬉しいものでないことに、読者のお察しは、どうかと思う。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼻をつままれるのも知れねえ深更よふけで、突然いきなり状箱へ手を掛けやアがッたから、奪られちゃアならねえと思いやして、引張ると紐が切れて、手紙がおっこちる、とうとう半分引裂ひっさかれたから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さては深更よふけまで営業している理髪店まであるに至っては、私のようなそそっかしいものは、うっかり飛び込んだらとんだ八幡の藪不知やぶしらず、出口も入り口もわからなくなってしまうかもしれない。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
亨一は昨夜ゆうべからいらいらしどほしで居た。深更よふけになつてからも、容易にねむれなかつた。やつとうとうとしたと思つたころには、もう夜は明け放れて居た。起き上つては見たが何だか人心地がしない。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
喉もかわいているし、泡くってはいけないと思ったので、休ましてもらいたいと思ったが、深更よふけに見ず知らずの家へ迷惑をかけるのも気のどくであった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もし又首尾好く權六の方へ手前を置いてくれたら、深更よふけに權六の寝間へ踏込んで權六を殺してくれ、また其の前にも己の処へ詫びに来る時にも、すきが有ったら、藪に倒れてゝ歩けない
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
深更よふけに無理を言ってお酌をしてもらうのさえ、間違っている処へ、こんな馬鹿な、無法な、没常識な、お願いと言っちゃあないけれど、頼むから、後生だから、お澄さん、姐さんの力で
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亨一は昨夜ゆうべからいらいらし通しで居た。深更よふけになつてからも、容易にねむれなかつた。やつとうとうとしたと思つたころには、もう夜は明け放れて居た。起き上つては見たが何だか人心地がしない。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
ある商人あきんど深更よふけ赤坂あかさかくに坂を通りかかった。左は紀州邸きしゅうてい築地ついじ塀、右はほり。そして、濠の向うは彦根ひこね藩邸の森々しんしんたる木立で、深更と言い自分の影法師がこわくなるくらいな物淋しさであった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)