柔毛にこげ)” の例文
汚い天水桶の上には鳥の柔毛にこげが浮んでいた。右の方の横手の入口に近い処に小さな稲荷いなりほこらがあって、半纏はんてん着の中年の男がその前にしゃがんでいた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わずかにを過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上にげかけて、きらきらする柔毛にこげの間より眼に見えぬ炎でもずるように思われた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あんまり突然だったので、自分が射たれでもしたようにぞっとし、地面の上でばたばたと柔毛にこげを散らしている雀の姿を、茫然と見まもるばかりだった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
君はまた自然の儘で、稚い、それでも銀の柔毛にこげを持つた栗の若葉のやうに真純な、感傷家センチメンタリストであつた。それは強い特殊の真実と自信と正確さを持つた若葉だ。
抒情小曲集:04 抒情小曲集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
し付けられ、しづみきツた反動はんどうで、恰で鳥の柔毛にこげが風に飛ぶやうに氣が浮々うき/\する。さけびしたくなる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
必ず土産に持ちかえるものにしてあるエーデルワイス(深山薄雪草みやまうすゆきそう)は銀白の柔毛にこげむらがらせて、同族の高根薄雪草たかねうすゆきそうや、または赤紫色の濃い芹葉塩釜せりばしおがま四葉塩釜よつばしおがまなどと交って
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その高い音と関係があると言えば、ただその腹から尻尾しっぽへかけての伸縮であった。柔毛にこげの密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
若鷹は茶褐色のに富み、頸から胸にかけての柔毛にこげは如何にも稚を含んでいて好もしいが、その眼、嘴、脚爪の鋭さが何んともいえず胸を衝く。わたくしは寸時眼を逸らしていたが、また、視入った。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
葦茎のうぶの柔毛にこげのいみじさよづくその毛はつけぬ白玉
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
顋に柔毛にこげの生へそめて影青春の美しき
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
春愁や草の柔毛にこげのいちじるく
不器男句集:02 不器男句集 (新字旧仮名) / 芝不器男(著)
頭はスツカリはげて了ツて、腦天のあたりに鳥の柔毛にこげのやうな毛が少しばかりぽツとしてゐる。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
白い柔毛にこげのような雲が、波の連続するように——したが一つの波も動くとは見えない——凸凹たかひくを作って、変化のある海が、水平線の無限に入っている、しかし正面は、霧が斜に脈を引いて
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
どこまでも指をすべり込ませるあたたかい腹の柔毛にこげ——今一方のやつはそれをそろえた後肢で踏んづけているのである。こんなに可愛い、不思議な、艶めかしい猫の有様を私はまだ見たことがなかった。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
早蕨の柔毛にこげの渦の渦巻は萌えづるただち巻きにけらしも
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
女童めわらはすね柔毛にこげにつく砂のしろき真砂は光りつつあり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
またある草は白猫の柔毛にこげの感じ忘れがたく
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
やはらかきねこ柔毛にこげと、あなうら
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)