くい)” の例文
その入口らしい処にはただ粗末な二本のくいが建っているばかりでなかの様子を覗いたけれど、ただ一人の土方等どかたらの姿すら見えなかった。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
出るくいが打たれて済んで小普請、などと申しまして、小普請入りというのは、つまり非役ひやくになったというほどの意味になります。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
また低い木立や草叢くさむらがある。暫く行くと道標のくいが立って居て、その側に居酒屋がある。その前に百姓が大勢居る。
すっかり四辺が暗く成って前方活動俳優の写真を売って居る店の傍に出来たサーカスの馬が幾匹もくいにつながれ、しょんぼりとして居たのが目についた。
防波堤で大浪は遮ってあるのだが、それでもボートはくいにぶつかっていた。フォン・コーレンはタラップを降りてボートに飛び込み、舵のところに坐った。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
農民は原野に境界のくいを打ち、其処そこを耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さてうそぶいた。
心の王者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
瀬戸が先へ立って、ペンキ塗のくいにゐで井病院と仮名違かなちがいに書いて立ててある、西側の横町へ這入るので、純一は附いてく。瀬戸が思い出したように問うた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ああ残念だ、残念だ、あの日なぜお前を殺し切らなかったろう、お前の肉に火をつけ、お前の身にくいを刺し込む——それがお前に相当した刑であったろうに。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
他日の大成に資すべき幾本かの貴重なくいを打って行かれたところに、先生の劇場人としての現実的な悩みと偉大な感情と意志とがあることを、誰が拒み得よう。
熱情の人 (新字新仮名) / 久保栄(著)
奥羽地方でも人の家の入口などに、くいを打って同じような馬の首を、幾つか掛けておく風があったことが、今はどうか知らぬが、以前の紀行文には見えている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かなり進んだと思うと、なるほど境界らしいものが眼についたが、それは木のくいと細い溝で出来ていた。
岸高く鳴る松風の音ばかり——もう夜もだいぶけたらしく、大川の水がくいにからんで黒ぐろと押し流れて、対岸の家の灯もいつとはなしに一つ二つと消えていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この両端をくいにしばりつけて、地面に置くこと、図744の如くする。この筒の網を横切って、極めて細い糸で編んだ、網目の広い大きな網を、二本の竿にかける。
声も立てず往来留のそのくいに並んで、ひしと足を留めたのは、あの、古井戸の陰から、よろりと出て、和尚に蝋燭の燃えさしをねだった、なぜ、その手水鉢の柄杓を盗まなかったろうと思う
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かしらを高く城門のくいに懸けんとこころざす。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
先を尖らせたくいも、測量に使う
けれども、『文学新聞』にのった宮原子之吉氏の話は、わたしを、決定的な力で、一つの抵抗のくいにつないだ。
右の耳朶みみたぶから頬にかけてぴしゃっと平手が命中した。私は泥のなかに両手をついた。とっさのうちに百姓の片脚をがぶと噛んだ。脚は固かった。路傍の白楊はこやなぎくいであった。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
僅か二三間先きに、枯葦かれあしの茂みを抜いて立っているくいがあって、それに鴉が一羽いちわ止まっている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
曹長の報告はまだ続いて、カルポフが喇叭ラッパの新しい紐と天幕のくいを忘れたとか、将校の方々が昨夜フォン=ラッベク将軍のお邸へばれて行かれましたとか述べ立てて行った。
接吻 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
不思議な人間のくい打機械があり、何時間見ても興味がつきない。足場は藁繩でくくりつけてある。働いている人達は殆ど裸体に近く、殊に一人の男は、犢鼻褌以外に何も身につけていない。
そこを流れる川の水量はもう減っているが、くいのようなもの、コモ、あらゆる雑物でせかれている。四五人の年とった男たちが、それのとりのけ作業をやっていた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
巨勢は少女がつる時、わずかを握みしが、少女が蘆間隠れのくいに強く胸を打たれて、沈まむとするを、やうやうに引揚ひきあげ、みぎわの二人が争ふを跡に見て、もとかたへ漕ぎ返しつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
翌朝、勝治の死体は、橋のくいの間から発見せられた。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
明日あしたは、明日あしたくいをうちこんで前進してゆこうとしているこれらの人たちの生活気分は
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)