暮靄ぼあい)” の例文
一時間ほどして船が再び棧橋さんばしに着いた時、函館はこだての町はしらじらとした暮靄ぼあいの中に包まれてゐたが、それはゆふべの港の活躍の時であつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
千駄木せんだぎ崖上がけうえから見るの広漠たる市中の眺望は、今しも蒼然たる暮靄ぼあいに包まれ一面に煙り渡った底から、数知れぬ燈火とうかかがやか
学校の門と、垣で夕日のさし残ったところと、暮靄ぼあいの中に富士の薄く出ているところと、それに生徒の顔の写生が一枚あった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
諸君が二十世紀の都会の街路で、このような、うらないを、暮靄ぼあいひとめ避けつつ、ひそかに試みる場合、必ずしも律儀に三人目のひとを選ばずともよい。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お城は暮靄ぼあいにかすんで来た。いつのまにかもう黄昏たそがれかけて、伏見の町には早いあかりがポツポツそよぎだしている。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暮靄ぼあいにつつまれた大和の山々は、さすがに古京の夕らしい哀愁をそそるが、目を落として一面の泥田をながめやると、これがかつて都のただ中であったのかと驚く。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
暮靄ぼあいが低く湖水こすいをこめて、小山の上の方だけが浮出ているように見える。途中でそこに連隊でもあるらしく番兵のいる門などもあった。それから、煙突の太いのが見え出す。寺が見える。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
暮靄ぼあい寒村をこむる夕方、片品川の水声を聞きつつ淀屋よどやというへ泊す。
立迷ふ春の暮靄ぼあい
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
今もすでに、陽脚ひあしは西にうすずいて、往来の人影にも、のろく通る牛車にも、虹いろの暮靄ぼあいしていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隣家の小楼はよく残暑の斜陽を遮るといえども晩霞ばんか暮靄ぼあいの美は猶此を樹頭に眺むべし。門外富家の喬木連って雲の如きあり。日午よく涼風を送り来ってしかも夜は月を隠さず。偏奇館まことに午睡を貪るによし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
斜陽は既に薄れ、暮靄ぼあいの気配。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だが、あだかも彼の霊は、すでにその時からそれを予知していたように、清洲の城のおくつきに詣でては、久しぶりに父信秀のぶひでの墓前を掃き、そこから暮靄ぼあい遠く、政秀寺の方を眺めては
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白髪の翁は、そういうと、飄々ひょうひょう杖を風にまかせて、暮靄ぼあいの山へ帰ってしまった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暮靄ぼあいを衝いて、徐晃じょこうの一隊がわッと突進する。張郃ちょうこうの兵もどっと進む。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)