日光ひかげ)” の例文
そよとの風も無い。最中過さなかすぎの八月の日光ひかげが躍るが如く溢れ渡つた。気が付くと、畑々には人影が見えぬ。恰度、盆の十四日であつた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
向ふの側にも柿の樹があツて、其には先ツぽの黄色になつた柿が枝もたわゝにツてゐた。柿の葉はかすかそよいで、チラ/\と日光ひかげが動く。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
彼女は丁度ちょうど奥の窓から額際ひたいぎわに落ちるキラキラした朝の日光ひかげまぶしさうに眼をしかめながら、しきいのうへに爪立つまだつやうにして黒い外套がいとうを脱いだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
はっきりと、ない、と心にいって見ると、ふと、日光ひかげかげったように、そうでない、みんな親切なのだったのではないかと、はじめて気がついた。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もう暗い冬の日光ひかげの照りやんだ暮れ方だからまだしもだとはいいながら今さらにお宮の姿が見る影もなくって、いつものお召の羽織はまあいいとして
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私は次第々々に門の外へ出る事をいとい恐れるようになりました。ああ私はやはり縁側の硝子戸ガラスどから、独りしずかに移り行く秋の日光ひかげを眺めていましょう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ごむの毬湯には浮かしてあそぶ子とあかき日光ひかげをよろこびにけり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
家の戸口は開かれて、くわすき如露じょうろなぞは、きいろ日光ひかげに照されし貧しき住居すまいの門の前、色づく夕暮のうちよこたはりたり。
フト軽い寒氣が身裡みうちに泌みた。見ると日光ひかげは何時か薄ツすりして、空氣もそらも澄むだけ澄みきり、西の方はパツと輝いてゐた。其處らには暗い蔭が出來た。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
冬山のつまさきあがり早やみて日光ひかげはじかぬここだ石ころ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
老いたる自分の父は、老いたる來客と共に、冬の日光ひかげしたで、漢學から得た支那趣味の閑談清話に耽つてゐる。
新帰朝者日記 拾遺 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
破れた硝子ガラスに冷い日光ひかげが射して、硝子は銅のやうな鈍い光を放ツてゐた。一平は尚だ窓から顏を出して、風早學士の方を見詰めて皮肉な微笑をうかべてゐた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
いつしかと日光ひかげかへさずなりにけりオホツク海の波の穂のいろ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼の僧は春が來れば茫然として開いて散る花を眺め、夏が來れば烈しい日光ひかげまなこを閉ぢ、冬が來れば暖爐のかたはらから暗い日の過ぎ行くのを悲し氣に見送るのであらう。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
苔水に山椒の魚はうまれゐてまだこまごまし日光ひかげいとへり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
茅場町かやばちょうの通りから斜めにさし込んで来る日光ひかげで、向角むこうかどに高く低く不揃ふぞろいに立っている幾棟いくむねの西洋造りが、屋根と窓ばかりで何一ツ彫刻の装飾をも施さぬ結果であろう。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
乙宮のおもての田居に鳴く蛙日光ひかげしづけき山片附けば
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
約束を守り義理を思ふに私の心はあまりに放縱であつた。晴れた秋の日光ひかげはあまりに美しかつた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
悲しい顏した詩人が眺める晩秋の日光ひかげを思ひ出さずには居られない。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
なお更無残に、三時過ぎの日光ひかげが斜めにまぶしくてらしている。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こずえを縫ひて黄金こがねと開く四月の日光ひかげも。
ものうき日光ひかげ漏れおつる時なりき。