抹香まっこう)” の例文
家のめえには、この長屋に用もありそうのねえ、りっぱな駕籠が、止まっているし、屋内なかにはまた、抹香まっこうくせえお談議が始まっていらア。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし彼の抹香まっこう嫌いは、仏法の根本原理に異論があるわけでも何でもない。彼の眼に耳にして来た今の仏者の形に対しての反感だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内談ないだんも既にきまり候につき、浄光寺の住職がたへは改めて挨拶あいさつ致し、両三日中さんにちちゅうには抹香まっこう臭き法衣ころもはサラリとぬぎ捨て申すべき由。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重ね唱え「赤木にサルタに猴滑り」(いずれもヒメシャラ)「抹香まっこう、コウノキ、コウサカキ」(皆シキミの事)など読む。
「もうたくさん、——なるほど結構な大師様らしい。泥棒調伏ちょうぶくのために、うんと線香をあげて下さい、——線香よりは、抹香まっこうの方がいいかも知れない」
焼香の時、重子がこうをつまんで香炉こうろうちくべるのを間違えて、灰を一撮ひとつかみ取って、抹香まっこうの中へ打ち込んだ折には、おかしくなって吹き出したくらいである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また、甚だ物のあわれをとどめるのは、離れ抹香まっこうという奴である。抹香鯨というのは、一頭の雄を二、三十頭の雌がとり巻いて、大群をなして洋上を泳いでいる。
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「いや、地獄から抹香まっこうの相場を訊きに来たような顔をしている。それで見合をしたんじゃ問題はないよ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
誰やらクシクシ泣いてるようだ。抹香まっこうの匂いがしやアガラ。この匂いは生きてる内から余り好きでもなかったが死んで後もやはり善くないヨ 何だか胸につまるようで。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
ああ俺のような江戸前の生一本の業平蜆が、こんな抹香まっこう臭い荒寺の壁の中で死んでしまうなんて。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
それはこういう抹香まっこうくさくない言葉で申しますと実相感であります。こういうようにきめたほうが、実相感がいちばん生き生きと感ぜられるようにきめるのであります。
生活と一枚の宗教 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いっさいがっさいがまたお寺にちなんだ抹香まっこう臭いものばかりなんでしたが、しかし酒は般若湯はんにゃとうと称して飲むことを許され、しかもその日の会費はしみったれな割り勘なぞではなく
清潔な趣味に禅宗の和尚の人柄が匂い出ていて抹香まっこう臭なく、紫檀したんの棚の光沢が畳の条目と正しく調和している。正面の床間の一端に、学生服の美しい鋭敏な青年の写真が懸けてある。
この野郎が墨染という抹香まっこうくさい異名いみょうをとった訳を申し上げないとお分りになりますまいが、何も深い理窟のあるんではございません、異名だの綽名あだなだのと申すものは御存じの通り
本堂の扉があって、そこを三段ほど下りると柱廊で、両側には聖者の画像が連なり、白壇びゃくだん抹香まっこうの匂いがたち籠めている。もう一つ扉があり、黒い人影がそれを開いて低く低くお辞儀をした。
その時ラシイヌはふとさっきから、東洋でくゆらす抹香まっこうのような、死を想わせるような、「物の匂い」が、閉じこめた車内を一杯にして、匂っているのに気がついた。彼はある事を直感した。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
米友はまた群衆の中に坐り込んでは、しきりに抹香まっこうの煙に巻かれている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こうした意味で、昔から、この『般若心経』をば『智度経ちどきょう』と訳されていますが、とにかく、この『心経』は決して抹香まっこう臭い、専門の坊さんだけがよむ、時代おくれのお経では断じてありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
許宣は保叔塔寺ほしゅくとうじへ往って焼香しようと思って、宵に姐に相談して、朝はやく起きて紙の馬、抹香まっこう、赤い蝋燭ろうそく経幡はた馬蹄銀ばていぎんの形をした紙の銭などを買い調ととのえ、飯をい、新らしく仕立てた衣服きものを着
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
抹香まっこうの代りに香水の匂いをぷんぷんさせた社交婦人が三、四人訪ねて来て、主人とこんな問答をはじめる。——この戦争はどうなることでしょう?——やがて平和になるでしょうな。——まあ本当に。
仏前や墓前でく、あの抹香まっこうを製造する原料にされているんだ。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
抹香まっこうくさい空気が、しめっぽく彼の鼻を出はいりする。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
相変らず、抹香まっこうのにおいや読経は嫌いである。重盛の死をこれほど悲しんで力落ちしていながらも、持仏堂にこもって一片の読経をしたためしはない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鯨には抹香まっこう鯨、つち鯨、つばな鯨、白鯨、ごんどう鯨、白長鬚鯨、長鬚鯨、いわし鯨、座頭鯨、背美せみ鯨、北極鯨、小形鰮鯨など大分変わった種類があり、すなめり、いるか
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
湯灌場買いらしい、こんな抹香まっこう臭いあいづちを打ったりした。そして、思い出したように
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこはちょうどお通夜で、家中が抹香まっこう臭くなっておりました。一とわたり家の中の空気を見ると、平次は若主人の半次郎と、妹のお梅を別室に呼び入れ、かなえになって静かな話を始めました。
だからむしろ抹香まっこうくさい感じを取り去ってしまうほうがよい。
生活と一枚の宗教 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と、あきれていると、信長はずかずか、仏前へすすんで、立居のまま、抹香まっこうをつかんで、御仏みほとけへばらっと投げ懸けて、驚く人々をしり目にさっさと帰ってしまった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱勃うつぼつたる二十九の胆と血しおとは、時折、そうして抹香まっこう氷室ひむろへ入れて冷却する必要もあった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)