抑揚よくよう)” の例文
その叱咤しったを、後ろ耳で聞きながら、先へゆく法師はまだ足も早めず、大きな声に抑揚よくようをつけて慷慨こうがいの語気を詩のように呶鳴りつづけていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咳払せきばらいから、声の抑揚よくようから、話振りから、笑い声から、何から何まですべて百パーセントに死んだ細君そっくりである。
父親は県会議員をした人だけあって、言葉の抑揚よくよう頓挫とんざが中々巧みであった。演説に慣れた田中も時々沈黙させられた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
傍聴人や陪審員らは「震え上がった。」その描出がすんで彼は、翌朝のプレフェクチュール紙の大なる賛辞をかち得んための抑揚よくようをもって言を進めた。
甘い抑揚よくようをつけて言った。嫣然えんぜん一笑、東洋でいう傾国けいこくの笑いというやつ。そいつをやりながら、触れなば折れんず風情ふぜい、招待的、挑発的な姿態を見せる。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
高城伍長は抑揚よくようのない発声法で、花田中尉のそのような返答をはっきりと報告した。まだ若い、少年のおさなさを身体の何処かに残したような下士官である。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
抑揚よくようといい論理といい演説の見本みたいなことをいう。だが、なんとしても木暮から客引風が抜けない。
議会見物 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
高くひくく抑揚よくようをつけてうたうのですが、もとよりわたしは歌の意味などわかるはずもありません。ただそのたえいるようなしらべにうっとりとなるばかりです。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
言葉の内容ばかりでなく、そのおだやかな音声・抑揚よくようの中にも、それを語る時の極めて確信にちた態度の中にも、どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのまた「ありがとう」も顔のようにましゃくれた抑揚よくように富んでいる。保吉は思わず顔をしかめた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
狂乱の場面になると、愛と死とのあのかなしい歌のところになると、女優の声は人を感動せしめないではおかないような抑揚よくようになり得たので、彼はまったく心転倒してしまった。
梓さんは、まるで暗記でもするような、抑揚よくようのない調子でいいだした。
上手な人のを聴いていると、節廻し一つにしても言うに言われぬ微妙な味がある。その抑揚よくようの味のよさを、聴いて味わうだけでなく、むつかしいながら自分でもやってみようという励みが出て来る。
ギョッとする様なことを、少しも抑揚よくようのない無表情な声が云った。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしは、なお決意しかねていると、老人は同じ抑揚よくようの調子で
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お町の調子は淡々としてなんの抑揚よくようもありません。
と声に気取った抑揚よくようをつけて言った。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
唄の抑揚よくようもおかしげに、思い入れたっぷりな踊りを繰り返す。——大勢も手拍子あわせて、合唱する。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抑揚よくようなまりめいたものがあるが、一応標準語であった。運転手という職業の関係もあるが、ラジオやテレビのせいもあるらしい。さっきの空港の受付の女の口調もそうであった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
地声じごえか、声帯模写せいたいもしゃかはしらないが、声だけ聞いていると、なんのことはない、放送局の杉内アナウンサーと、区別のつかない程似た声音をもって居り、その音の抑揚よくように至っては
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
中村玄道なかむらげんどうと名のった人物は、指の一本足りない手に畳の上の扇子をとり上げると、時々そっと眼をあげて私よりもむしろ床の間の楊柳観音ようりゅうかんのんぬすみ見ながら、やはり抑揚よくように乏しい陰気な調子で
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
物語り物でも素読そどくしているらしい抑揚よくようである。声のぬしは、あるじの禅尼より若い女性らしくおもえた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妙に無愛想ぶあいそうな一人の看守は時々こう云う控室へ来、少しも抑揚よくようのない声にちょうど面会の順に当った人々の番号を呼び上げて行った。が、僕はいつまで待っても、容易に番号を呼ばれなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だのに、正成が鬱陶うっとうしそうな片眼をすこし細めながら、始終、抑揚よくようのない低声で弱音よわねにも似るようななだめを言っているのを聞くと、どうもせっかくな意気も沈んでしまう。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その手には左右二つのカスタネットをかくし持ち、戦う鳥となり、柳の姿態しなとなり、歩々ほほ戛々かつかつ鈴々れいれい抑揚よくよう下座げざで吹きならす紫竹の笛にあわせ“開封かいほう竹枝ちくし”のあかぬけた舞踊のすいを誇りに誇る。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)