所嫌ところきら)” の例文
彼はその返礼に私の顔を所嫌ところきらわずめようとしてやまなかった。その時彼は私の見ている前で、始めて医者のすすめる小量の牛乳をんだ。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長者の鞭は用捨ようしゃもなく桔梗の白い柔かい肌を所嫌ところきらわず打ちすえた。伏し悶えながら泣き叫ぶ桔梗の声は広いやかたの隅々まで悲しそうに鳴り渡っても、助けようとする者はないのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
からくも忍びてつと退きながら身構みがまへしが、目潰吃めつぶしくらひし一番手のいかりして奮進しきたるを見るより今はあやふしと鞄の中なる小刀こがたなかいさぐりつつ馳出はせいづるを、たやすく肉薄せる二人がしもとは雨の如く、所嫌ところきらはぬ滅多打めつたうち
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こういう言葉が所嫌ところきらわずお秀の口からひょいひょい続発して来るようになった時、津田はほとんど眼前の利害を忘れるべく余儀なくされた。彼は一二度腹の中で舌打をした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人はついに硯箱すずりばこの前に飾ってある大事な一輪挿いちりんざしかえした。紫檀したんの台からころころと転がり出したその花瓶かびんは、中にある水を所嫌ところきらわずけながら畳の上に落ちた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)