居ながらにして幽邃閑寂ゆうすいかんじゃくなる山峡さんきょう風趣ふうしゅしのび、渓流けいりゅうひびき潺湲せんかんたるも尾の上のさくら靉靆あいたいたるもことごとく心眼心耳に浮び来り、花もかすみもその声のうちに備わりて身は紅塵万丈こうじんばんじょうの都門にあるを忘るべし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)