嫦娥じょうが)” の例文
わがこの薬は、かしこくも月宮殿げっきゅうでん嫦娥じょうがみずから伝授したまひし霊法なれば、縦令たとい怎麼いかなる難症なりとも、とみにいゆることしんの如し。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
猪八戒前生天蓬元帥たり。王母瑶池ようちの会、酔いに任せて嫦娥じょうがに戯れし罰に下界へ追われ、あやまって猪の腹より生まれたという。
余はこの輪廓の眼に落ちた時、かつらみやこを逃れた月界げっかい嫦娥じょうがが、彩虹にじ追手おってに取り囲まれて、しばらく躊躇ちゅうちょする姿とながめた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
情熱的パッショネートななかに、悲しいあきらめさえみせているので、感じやすいわたしは自分から、すっかりつくりあげた人品ひとがらを「嫦娥じょうが」というふうにきめてしまっていたのだった。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
昔の人は月を見て、嫦娥じょうがやダイヤナのような美人が住んでる、天界の理想国を想像していた。然るに今日の天文学は、月が死滅の世界であって、暗澹あんたんたる土塊にすぎないことを解明している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「そうだ、満月だ。月が一番美しく輝く夜だ。まるで手を伸ばすと届くような気がする。昔嫦娥じょうがという中国人は不死の薬を盗んで月にはしったというが、恐らくこのような明るい晩だったろうネ」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
惜しい事に向うは月中げっちゅう嫦娥じょうがを驚ろかし、君は古沼ふるぬま怪狸かいりにおどろかされたので、きわどいところで滑稽こっけいと崇高の大差を来たした。さぞ遺憾いかんだろう
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今一歩を踏み出せば、せっかくの嫦娥じょうがが、あわれ、俗界に堕落するよと思う刹那せつなに、緑の髪は、波を切る霊亀れいきの尾のごとくに風を起して、ぼうなびいた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)