もの)” の例文
どこへ入れておいたら一番安全かと、寶石ずきが、素晴らしい寶石でも手に入れたときのやうに貴重なものとした。そこで、香箱かうばこの中へしまふことにした。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
「予は自ら誓えり、世を終るまで鏡を見じと、しかり断じて鏡を見まじ。否これを見ざるのみならず、今思出おもいいだしたる鏡というものの名さえ、務めて忘れねばならぬなり。」
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いいえ、どう致しやして。家でこしらえやした味噌漬みそづけで、召上られるようなものじゃごわせんが」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
露店ろてんが並んで立ち食いの客を待っている。売っているものは言わずもがなで、食ってる人は大概船頭せんどう船方ふなかたたぐいにきまっている。たい比良目ひらめ海鰻あなご章魚たこが、そこらに投げ出してある。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「君のものなんぞ出さなくったってい。何しろ、樺太からふとで、蟹の缶詰で一儲ひともうけしようと思ったのだが——蟹はあるが、缶の方がうまくいかなかったんだ。」
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
書斎にものあり、衣兜かくしるるを忘れたりとて既に玄関まででたる身の、一人書斎に引返しつ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「奥様、これは御恥しいものでごわすが、ほんの御印ばかりに」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父は巻舌まきじたで、晩酌をやりながら、そんなことを言った。法印さんは、そんなものも見る眼があったのだろう。
実はね、お爺さん、宵からお目に掛っていた客が、帰りがけにこの橋から放生会ほうじょうえをなすったものがあるんです。——昨日きのうはお雛様のお節句だわね——その蛤と栄螺ですって。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……お亡くなんなすってから、あと、直ぐに大層な値になって、近常さんのものは、そうなると、お国自慢よ。煙管きせる一つも他国へ取られるな、と皆蔵込しまいこむから、余計値が出るでしょう。
どうにかなりかけた藤木のものばかりでなく、田舎からはこんで来た義妹の家財は一物も満足なのはなく、一緒にしてかばんへ入れておいてもらった両家の家禄奉還金かろくほうかんきんの書類も灰になってしまっていた。
「さあ、もう可いからお泣きでないよ。おお、泣止なきやみましたね、好い児。何を御褒美に上げようかしら、ああものがあったっけ、姉様ねえさんとさあ一所に光来おいで。」と手をきて家に
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その香箱かうばこのなかには、一個ひとつひとつ、なにやら子供心に、身にとつて大事な、手離しがたいものが入れてあつて、毎日蓋をあけると、無言に對話してゐた馴染ぶかいものに、居處ゐどころけさせたのだから
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
鼓村師の独特の爪でなければ——だが、鼓村師のはまた格別なものだ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)