ほう)” の例文
だが、彼女は職業の場所に出て、好敵手が見つかると、はじめはちょっとほうけたような表情をしたあとから、いくらでも快活に喋舌しゃべり出す。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ゆたりゆたりとほうけたように空を流れ、浜の子供たちがワーッと歓声をあげながら、一かたまりになって、それを追かけて行くところであった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
人々ががやがやと集って来て、そこら辺に立ちほうけて、右手奥の方を眺めている。験者達の呼ばい声、鈴の音は、次第次第に熱ばんで来る調子。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ほうけたように陰気で無表情な顔、油っ気のないまげ、どこから見ても、お舟と一緒に置いて、「男性」の不安を感じさせるような人間ではありません。
遊びほうけたあとの憂鬱が身体に沁みとおり、わけもなく飲みつづけたコクテールやジン・フィーズの酔いで手足がしびれ、そのまま、ふと夢心地になる……
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今でいえば新開しんかいの町だけに、神田区上町との間に流れるどぶ川の河岸についた、もとの大牢の裏手の方はさびしいパラッとした町で、ほうけたような空気だった。
成田の祇園会ぎおんえを八日で切上げ九日を大手住おおてずみ宿しゅくの親類方で遊びほうけた小物師の与惣次が、商売道具を振分ふりわけにして掃部かもんの宿へかかったのは昨十日そぼそぼ暮れ
いには円陣までもが身動きもならぬほどに立込み、大半の者は足踏のままに浮れほうけ、踊りほうけていた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
あそほうけるのも一快でしょうが、そのうえまた、彼女らの世界に楮銭ちょせんの価値を教えてやって流行らせます。
しばらくすると、忠直卿の目の前に、病犬のようにほうけた与四郎の姿が現れた。数日来の心労に疲れたと見え、色が蒼ざめて、顔中にどことなく殺気が漂っている。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あの時の火事で入道さまが将軍家よりおあずかりのとうとい御文籍も何もかもすっかり灰にしてしまったとかで、御所へ参りましても、まるでもうほうけたようになって、ただ
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ビセートルの観念のつぎにノートル・ダームの塔の観念が現われた。——あの旗の立ってる塔に登ったらよく見えることだろう。と私はほうけた微笑をうかべながら考えた。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
したがって、その日になって海へとびだし、遊びほうけていたことも、さして叱りはしなかった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
師匠が言うのでそっちを見ると仕切りをはずした次の部屋に、ほうけた面相の年増が二人いた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
白い靴下に白靴を穿いて、黒の地味な洋傘を持って……白麻の幌をかけた美事な籐製の乳母車を押しているのが何となく似合わしくなかったが、しかし病みほうけた昂作の眼には
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
梶は玉手箱のふたを取った浦島のように、ほうッと立つ白煙を見る思いでしばらく空を見あげていた。技師も死に、栖方も死んだいま見る空に彼ら二人と別れた横須賀の最後の日が映じて来る。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
周平はほうけた気持で、彼女の顔を見つめた。今迄気づかなかったことだが、額から眼の下へかけて薄い雀斑そばかすがあった。けれど、くっきりと切れた上眼瞼の二重が、如何にも美しかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ああ、世も許し、人も許し、何よりも自分も許して、今時も河岸をぞめいているのであったら、ここでぷッつりと数珠を切る処だ!……思えば、むかし、夥間なかまの飲友達の、遊びほうけて
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無い時もあった。此のような生活をしながらも、目に見えぬ何物かが次第に輪をせばめて身体をめつけて来るのを、私は痛いほど感じ始めた。歯ぎしりするような気持で、私は連日遊びほうけた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
過去はくやまぬこと——かれは平生からそれだけの心構えはしていた。その根本さえ立てておけば好い。そう思ってみてもかれはやはり弱かった。自分の考に考えほうけて、その挙句あげくぼんやりする。
残された妻は深い溜息ためいきをついてそう云った。彼女だけの重い苦しみに疲れはてて、見境いも無くなった。今では袖をひいた伜を邪険に突きとばし、彼女のほうけた頭には何かひらめくものがあったらしい。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ほうけた表情で見てゆくだけ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
こころにほうけ見ゐたりけむ
だが、彼女は職業の場所に出て、好敵手が見つかると、はじめはちょっとほうけたような表情をしたあとから、いくらでも快活に喋舌しゃべり出す。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
猪狩りは名目だったが、思いたてば、なにをやりだすかしれない放埓な連中のことだから、面白ずくに巻狩りでもはじめ、二子山のあたりで遊びほうけているのでもあろうか。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ははは。そちは信長をめくらと思うているな。京では京の浮かれとあそびほうけ、近江路おうみじへ来ては、長浜のさる豪家ごうかまで、そっとゆうを呼んでおいて、ひそかに会って来たであろう」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
箪笥たんすの引手でもよい、たくましい火箸ひばしでも構わない、そんなものを使って絞めさえすれば、自分で自分の命を絶てないこともないというのが、首縊りの言い伝えだが、この竜吉というのは、病みほうけて
「どうも先生もお年のせいで少しほうけて来たのではないか」
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし、わたくしがおぼろに眺めたという猫柳は、今もちゃんと座敷の隅の花器に挿されて、花房は萼をことごとくほうり落し、銀の毛は黄ばむほど咲きほうけています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「どうも、都ではちとやり過ぎたかもしれません。なぜか公卿どもはこの直義を、尊氏のふところ刀だの、切れ者だのといって、いたく恐れられております。鎌倉では、当分、ほうけておりましょう」
若旦那の松次郎は羽を伸ばして遊びほうけてゐる樣子でした。
ほうけてやがる、なにが大変だ」
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
枝を縫って学園の庭を蝶や鳥のように遊びほうけられたものだと、先ずそのことが先に胸を突き、有難くかたじけなく、しかし、このむつびももうこの先そう永いこともあるまい。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)