きざ)” の例文
お神は銀子の寿々龍すずりゅうにそんなことを言って聞かせたが、そういうものが一人現われたのは、この土地にも春らしい気分がきざしはじめ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
呉の孫策そんさく、度々、奏聞そうもんをわずらわし奉り、大司馬の官位をのぞむといえども、ご許容なきをうらみ、ついに大逆をきざし、兵船強馬を
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
化かす積りならば、そのまま無事に立ち去る筈もあるまいと思うに付けて、ほろよい機嫌の道楽者は俄かに一種のいたずらっ気をきざした。
よほど好意に解釈すれば、戦局の前途に既に暗雲がきざしていたので、国民の意気宣揚の目的で、こういう声明をしたとも一応は考えられる。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かうした宴遊の場に於てくり返された労苦が積りつもつて、短歌成立前からきざして居た創作動機を、故意に促す文学態度が確立した訣である。
九十二だというが血色といい肉づきといい、どこにも老衰のきざしの見えないような親戚の老人は、父の子供の時分からのお師匠さんでもあった。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
道庵に左様な謀叛がきざしたとは知らぬ米友、恥かしそうに、そのあとにくっついて、城下の巴屋六右衛門というのに泊る。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
厭戦の気分が将兵のすべてにはっきりときざし始めていた。逃亡兵は斬込隊だけではなく、部隊本部からも出た。宇治の部下も二三既に姿を消していた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
だがそれと同時に、早くも此の新政府の要人連の間に、逆境時代には見られなかった内部的対立がきざしていた。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
昔の哲人は「いまだきざさざる時ははかりやすし」といい、「これをいまだ乱れざるに治めよ」と言いました。
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
然り、天下の多事はこれよりきざせり、彼は明らかに彼の首を以て、その政策の失廃しっぱいを天下に広告したり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
幸福について考えることはすでに一つの、恐らく最大の、不幸のきざしであるといわれるかも知れない。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
以前のような奇矯なまねをしないというだけで、恢復かいふくに向かうというきざしは少しも認められなかった。
そして二十日過になると、赤痢の方はモウ殆んど癒つたが、体が極度に衰弱してるところへ、肺炎がきざした。そして加藤の勧めで、盛岡の病院に入ることになつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
だから、そこへ、今の四戒の一つがきざしでもしたら、もうそれだけでも浮き足だつにきまっている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は早世するきざしか、もはや老年期のような調和的なものがかきたいのです。ゲーテのあるものは私の心に適います。私はゲーテの影響で、独白をたくさん使いました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
多可子はまさに死んで行こうとする少女が、漸くきざし初めた性の本能をわずかに自分の身辺に来る一人の男性である華岡医師に寄せ掛けているのを考えると不憫であった。
勝ずば (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは十六年間、二人のあいだには子供の生れるような何のきざしもなく過してきたからである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
テーブルの上に空の茶椀を置いて、いっ時、庭のを眺めている。凋落ちょうらくきざしを眺めている。
そのような不吉なきざしに心を暗くしながらも、なおもお跡を尋ねてその日その日を過ごしておりますうち、やがて十一月の声を聞いて二三日がほどを経ました頃でございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
僕は決して早熟な少年ではなかったのですが、ただ僕の胸には自分が厭な奴だという思いが早くからきざしていました。僕は人と親しみあうことも少く、独りの気持には慣れていました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
いやな顔をせずに聴き入れたと云うようなこと、———これは従来の雪子には見られない態度と云ってよいのであるが、矢張いくらか結婚をあせる気持が、ひそかに胸中にきざしている結果の
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ついに叛将はたおしたものの矢疵やきずありありと鎧に残り、楯無しの威霊を損じたため、重代の宝器に矢の立つこと家運の傾くきざしならんと、信昌公には嘆じられたが、よしみずから試みんものと
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唐突に、その悪逆の心がきざしたことがある。愕然として、大あわてで、悪魔の想念を追っ払ったけれども、人間の心の奥底に棲んでいる、思いもかけぬ鬼の存在に、慄然としたのであった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
人間が美しい物を求めるのは、そういう姿を追う人間本来の求めにきざすのである。だから品物を購うのは、数を殖やすということが目的にはならぬ。まして財産を殖やすような目当を持たぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それで我を忘れてこういう風な思いがきざしたものであろうと思ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼らは人が危害を加える気遣きづかいがないと落ち着き払って少しぐらい追ってもなかなか逃げ出さない。それでいて実に抜け目なく観察していて、人にその気配がきざすと見るやたちまち逃げ足に移る。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
疲れると早く食慾が出る。そして路の曲り角の、大きな柳の木蔭で急に食慾がきざして来て、次ぎの林檎と残りの三つの胡桃がバスケツトから取り出された。これで食糧はもうお終ひになつたのだ。
しかし、自殺の計画はすでにこの時、僕の心にきざしていたのである。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
然し、各自はひそかにさう思つてゐたにしても、クラス全體に行きわたつてゐる群衆心理はそれを容易たやすく征服した。そして或る一點へ進まうとする根強い力が既にきざしてゐるのをみんなは意識してゐた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
と感じた瞬間に心の底にちらりときざした不吉な考えに再び思い当り
(新字新仮名) / 島木健作(著)
その間拍子に、木や軒から落ちるのか、さらさら、ぽつぽつ、と粗い音。しかし、二月も半ばを過ぎると、さすがに春のきざしは現われた。妙に温かい日が交じる。積雪の俄かに崩れる音、融ける音。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
十月の紫の日の勝鬨かちどきは敗惨の中にきざしていたではないか。
プチロフ工場 (新字新仮名) / 今村恒夫(著)
私のこの後の大厄もこの時にすできざしているのである。
息長おきなが野分のわき息吹いぶき遠空にきざせどもあかしこの牧はまだ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
都には秋きざしそめ
測量船拾遺 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
おそろしい勢いでまんえんのきざしをみせ出していた性慾往生せいよくおうじょうを教義とする新興宗教の立川流とよぶ、真言秘密道場なども流行はやっていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は自分の胸に時どききざしていた怖ろしい予覚が現実となって現われたのに驚かされた。彼も大勢と一緒に次郎左衛門のゆくえを見届けに行った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
酒乱のきざさざるかぎり、お吉に向って、そう乱暴を働くということもなく、またこの男は、やくざ者だけに、ドコか肌合いにやさし味もあると見えて
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この三、四日、何だか家中うちじゅう引っ掻き廻されているような、一種の不安が始終頭脳あたまに附きまとうていたが、今夜の女の酒の飲みッぷりなどを見ると、一層不快の念がきざして来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのやうな不吉なきざしに心を暗くしながらも、なほもお跡を尋ねてその日その日を過ごしてをりますうち、やがて十一月の声を聞いて二三日がほどを経ました頃でございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
詩人歌うて曰く「落花紛々ふんぷん、雪紛々、雪を踏み花をって伏兵おこる。白昼に斬取す大臣の頭、噫嘻ああ時事知るべきのみ。落花紛々、雪紛々、あるいは恐る、天下の多事ここにきざすを」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
力や金を利用したことで、「茶」が普及したともいえるが、そこに早くも「茶」の堕落がきざしたともいえる。今も「茶」は貴族的な「茶」に落ちがちであるが、一度は金力を茶から追放すべきである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
反逆心がきざさぬでもない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
従って、乱がきざすと忽ち業火ごうか掠奪りゃくだつのうき目にあい、この世ばかりか、その追及は、地下百尺まで追いかけてゆくじゃあないか。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という好学的便乗心が早くも青年の胸にきざしたと見え、透かさずその言葉尻をとらえてみたのですが
兵乱はようやく京を離れて、分国諸領に波及しようとするきざしが見える。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
面白ずくで飛んだ事を引受けたという後悔の念もきざして来た。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おまけに、諸国へ令書をまわした統一役の行家が、もうこの状態ですから、たちまち、木曾と鎌倉の仲には、もう分裂がきざし始めている。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこはせても枯れても道庵である、財閥にすがるというような卑劣心がきざしてはならない。