ちっと)” の例文
随分死の苦しみをしたであろうに、家の者はぐっすり寝込ねこんでちっとも知らなかった。昨秋以来鼬のなんにかゝることこゝに五たびだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その心持を思い、無惨な、若い女の感情を、ちっとも労わる真心のない先生に対し、私は、いたたまれないばかりの苦痛を覚えた。
追想 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
覚悟むればなかなかに、ちっとも騒がぬ狐が本性。天晴あっぱれなりとたたへつつ、黄金丸は牙をらし、やがて咽喉をぞ噬み切りける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「なにそン時こそちっとばかし可怪おかしな顔をしたッけが、半日もてば、また平気なものさ。なンと、本田さん、ずうずうしいじゃア有りませんか!」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
双方共に立派な男だ、ケチビンタな神経衰弱野郎、蜆貝しじみがいのような小さな腹で、少し大きい者に出会うとちっとも容れることの出来ないソンナ手合では無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
代助は又結婚問題に話が戻ると面倒だから、時に姉さん、ちっと御願があって来たんだが、とすぐ切り出してしまった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたをよく思わせたのですよ、殿様はなか/\凛々りゝしいお方ですから、貴方あなたと私とのなかが少しでも変な様子があれば気取けどられますのだが、ちっとも知れませんよ
村に行わるゝ自然しぜん不文律ふぶんりつで、相応な家計くらしを立てゝ居る者が他人のくぬぎの枝一つ折っても由々敷ゆゆしいとがになるが、貧しい者はちっとやそとのものをとっても、大目に見られる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
言う通りに趣向をも少し変えて持って行くと、もう先生も仕方がない、不承々々に、是でいと云う。なに、是でい事はちっとも無いのだが、先生は気が弱くて、もう然う然うは突戻し兼たのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
袈裟けさかけた坊さんが畑の向うを通る。中日は村の路普請みちぶしん。遊び半分若者総出で、道側みちばたにさし出た木の枝を伐り払ったり、ちっとばかりの芝土を路の真中まんなかほうり出したり、路壊みちこわしか路普請か分からぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)