下駄箱げたばこ)” の例文
そう言って、もう二重廻にじゅうまわしをひっかけ、下駄箱げたばこから新しい下駄を取り出しておはきになり、さっさとアパートの廊下を先に立って歩かれた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
主人はあんじょう、「御出かけで」と挨拶あいさつした。そうしていつもの通り下女を呼んで下駄箱げたばこにしまってある履物はきものを出させようとした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
己は下駄箱げたばこのなかで、それを見つけてかっとなって引き裂いてしまったものだよ。あの時分は己も頭脳あたまが古かったし、今から思うと頑固がんこすぎたと思うよ。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雨風の強い日などは、茣蓙を通した雨でびしょれになって学校へ著いた。そしてずらりと並んだ下駄箱げたばこに下駄を納め、藁草履わらぞうりにはきかえて、たまりに集った。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
大井おおい下駄箱げたばこの前に立止ると、相不変あいかわらず図太い声を出した。が、そのあいだ俊助しゅんすけに逃げられまいと思ったのか、剃痕そりあとの青いあご横柄おうへい土耳其帽トルコぼうをしゃくって見せて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手の下駄箱げたばこのある入り口にはいって行きました。
風の又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一人の警官が、下駄箱げたばこの隅に長くなっている縫いぐるみを、眼ざとく見つけて冗談じょうだんを言った。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あくる日表の格子戸をのぞいて、下駄箱げたばこの上に載せた万年青おもとの鉢が後向うしろむきにしてあれば、これは誰もいないという合図なので、大びらに這入はいるが、そうでない時はそっと通り過ぎてしまう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
タンス、鏡台、トランク、下駄箱げたばこの上には、可憐かれんに小さい靴が三足、つまりその押入れこそ、鴉声のシンデレラ姫の、秘密の楽屋であったわけである。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
今日も洋杖ステッキは依然として傘入の中に立っていた。鎌首は下駄箱げたばこの方を向いていた。敬太郎はそれを横に見たなり自分のへやに上ったが、やがて机の前に坐って、森本にやる手紙を書き始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まもなくみんなははきものを下駄箱げたばこに入れて教室へはいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。
風の又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
二人のものが元の日本間にはいって、その辺を取りかたづけ、蘭子の寝床を作っているあいだに、虎は部屋の前をソッと通りすぎて、俳優の下駄箱げたばこの並んでいるかげに、グニャリと身を横たえた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
携帯の風呂敷包を下駄箱げたばこの上に置き、素早くほどいて紋附羽織を取出し、着て来た黒い羽織と着換えたところまでは、まずまず大過たいかなかったのであるが、それからが、いけなかった。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)