これは後でわかった事ですが、峠宗寿軒の前身は、駿河大納言忠長するがだいなごんただながの臣で、本草学の心得があるのを幸い、京都に行ってその道の薀奥うんおうを極め、身分を隠して大塚御薬園を預かるまでに出世したのです。