木村隼人佑重茲はやとのすけしげのりなど、同じく各五百——この辺は、柴田勝豊の持ち場だが、折ふし勝豊がまた病気中のため、その家臣大金藤八郎と山路将監が代って指揮に当っていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)