その家のあるじは長沢市左衛門ながさわいちざえもんといって、登野村とは遠い縁家になっていた。田地山林も多く持っているし、広い屋敷のなかには二た棟の機屋があり、人を使ってかなり盛んに米沢織を出していた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)