六箇敷むつかし)” の例文
しかしいくらこんなことを曰うても、俗人には何もわからぬ、只悲しいときには悲しい、おかしいときにはおかしい。「畢竟如何」などと六箇敷むつかしいことは云わぬがよい。
後継者は単にお寺の留守居をすると云うことだけでも、一寸六箇敷むつかしいものであるが、中興の跡を受け、又その上に事業を進めて行かんと云うには、中々の努力が必要である。