また日本書紀孝徳天皇白雉五年の条に、遣唐使判官中臣間人連老なかとみのはしひとのむらじおゆという名が見えていて、中臣氏の庶流にも間人姓のものがあった事を示している。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)