教会きょうかい)” の例文
旧字:教會
やがて、北国ほっこくむらや、まちに、ちらちらとさむは、ゆきるようになりました。教会きょうかいでは、そのころからストーブをたきはじめました。
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
日曜日にちようびに、村の人たちがみんなそろってでかける教会きょうかいへもこないし、日曜だからといって、ゆっくりやすむということもなかった。
心のすなおなネズミは、すぐに承知しょうちしました。ところがネコのほうは、町の石べいのうしろをとおって、教会きょうかいのなかへしのびこみました。
この大きな島は、みんなの下にたいらによこたわっています。地上は、スコーネと同じように市松いちまつもようで、教会きょうかい農園のうえんがたくさんあります。
「若葉の森の中にでもいるようでしたか。神聖しんせい教会きょうかいの中にでもはいったようでしたか。高い山の上に立って、星あかりの空を見るようでしたか。」
ネコは、そのまままっすぐ教会きょうかいへいって、あのつぼのところへしのびこむと、さっそくピチャ、ピチャなめはじめました。
「持ってますとも。その鉄砲があったからこそ、ぼくはいつかの日曜日に教会きょうかいへいかないで、家にのこっていたんですよ!」
牧師ぼくしというのは、おんな外国人がいこくじんでありました。そのしたに、日本人にっぽんじん信者しんじゃがいて、いろいろの世話せわをしたり、なにかと教会きょうかいのめんどうをみながらはたらいていました。
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
花よめ、花むこが教会きょうかいへいくときには、ねえさんのほうは右がわに、妹のほうは左がわにつきそって歩いていきました。
おとうさんとおかあさんが教会きょうかいから帰ってきたら、どんなにびっくりするだろう。それどころか、国じゅうの人たちがみんなびっくりするだろう。
教会きょうかいへあつまる子供こどもらのには、それぞれ特色とくしょくがあり、個性こせいがあらわれていたので、教会きょうかいでは、それらの作品さくひんをあつめて、一ぱんにしめす展覧会てんらんかいもよおすことになりました。
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
ある日、お妃さまが教会きょうかいへでかけてしまって、ふたりの子どもがおとうさまのそばであそんでいたときのことでした。
海は教会きょうかいとうか山ぐらいもあるまっ黒な大波おおなみをもりあげていました。その大波のひとつひとつのてっぺんには、白いかんむりのようにあわがわきたっていました。
もどってみますと、こんどは、りっぱな宮殿きゅうでんでかこまれた大きな教会きょうかいのようなものがたっています。
ところが、ちょうどそういうことにきまったとき、伯爵はくしゃくのむすこが教会きょうかいにはいってきたのです。
しまっておくのにいい場所ばしょといったら、まず教会きょうかいのほかにはないだろうよ。あそこなら、まさかぬすみだすやつもいまいからね。祭壇さいだんの下においといて、入り用なときがくるまでは、手を
むらの人たちは、よそゆきをきて、教会きょうかいへでかけました。
教会きょうかいでおいのりをしたのかね?」