鼠不入ねずみいらず)” の例文
その窓の下の方に、一寸した煩事用の仕掛があって、その横の棚にある鼠不入ねずみいらずの中には茶椀などの食器類がごちゃごちゃと入っている。
過渡人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
だが、薄暗い六畳の一間をのぞくと、枕屏風まくらびょうぶと、鼠不入ねずみいらずのほか、何もない古畳の真ん中に、一人の図う体の大きな男が、仰向けに寝転ねころがっている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鼠不入ねずみいらずの中にも落葉がはいっていた。本箱の中にもまた落葉が舞い込んでいた。一枚々々皆見覚えた樹木の葉である。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほうき一ツ持っても、心持いいほど綺麗に掃いてくれる。始終薄暗かったランプがいつも皎々こうこうと明るくともされて、長火鉢も鼠不入ねずみいらずも、テラテラ光っている。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
節子は勝手口に近い小部屋の鼠不入ねずみいらずの前に立っていて、それを答えた。何となく彼女はあおざめた顔付をしていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
栄玄は樸直ぼくちょくな人であったが、往々性癖のために言行の規矩きくゆるを見た。かつて八文の煮豆を買って鼠不入ねずみいらずの中に蔵し、しばしばその存否を検したことがある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると、部屋の隅に新しい茶箪笥ちゃだんすがあるのをみつけた。このまえには、古道具屋で買った鼠不入ねずみいらずがあったのに、いまそこにあるのは、桑材らしいしゃれた茶箪笥である。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
縁側の端には、孤格子の鼠不入ねずみいらずの前に、七輪や徳利や鍋などが散らばっていた。彼女は小さなコップと瓶詰の酒と味附海苔の鑵とを持ってきた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
長火鉢にはよく磨いたあか銅壺どうこがあり、かん徳利が二本はいっている。その部屋は帳場を兼ねた六帖の茶の間で、徳利や皿小鉢やさかずきなどを容れる大きな鼠不入ねずみいらずと、茶箪笥ちゃだんす、鏡台などが並んでいる。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
時には彼女は小部屋にある鼠不入ねずみいらずの前に立って、その中から鰹節かつおぶしの箱を取出し、それを勝手の方へ持って行って削った。すこしもまだ彼女の様子には人の目につくような変ったところは無かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
叔父さんは勝手に近く置いてある鼠不入ねずみいらずの前へ行つて立つた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)