黄粉きなこ)” の例文
ことしは残暑が長く、殊に閏の七月は残暑が例外に強い。その暑気をふせぐには、七月二十九日に黄粉きなこの牡丹餅をこしらえて食うがよい。
廿九日の牡丹餅 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
北の硝子窓がらすまどをしめて、座敷の南縁に立って居ると、ぽつりと一つ大きな白いつぶが落ちて、乾いて黄粉きなこの様になった土にころりところんだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
砂糖を入れた大黄を、黄粉きなこのつもりでしたたかに呑んだだけなら、二三度通じが付いて、あとはケロリとしているのもありそうなことです。
その木鉢はあん胡麻ごま黄粉きなことになっているので、奥にいるのが粟餅をよいほどにちぎっては、その三つの鉢へ投げるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そう云うものの、素子は時間が来ると、案外面倒くさがらずよく似合う黄粉きなこ色のスーツに白絹のブラウスに着換えた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさなもず来てををりける。草餅の蓬よろしと、黄粉きなこつけ、食みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とうさんのおうち石臼いしうす青豆あをまめくのが自慢じまんでした。それを黄粉きなこにして、家中うちぢうのものに御馳走ごちさうするのが自慢じまんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
金竜山きんりゅうざん浅草寺せんそうじ名代の黄粉きなこ餅、伝法院大えのき下の桔梗屋安兵衛ききょうややすべえてんだが、いまじゃア所変えして大繁昌はんじょうだ。馬道三丁目入口の角で、錦袋円きんたいえんと廿軒茶屋の間だなあ。おぼえときねえ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
黄粉きなこでまぶしたようになったあげく、気持ち悪く蒸し蒸しと膚を汗ばませるような雨に変わったある日の朝、葉子はわずかばかりな荷物を持って人力車で加治木病院に送られた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
伊豆の衆のいうとおり黄粉きなこを䑛めて正月をするようでは、この先の運はもうきまった。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
むねや口のまわりには、田楽でんがく味噌みそだの、黄粉きなこだの、あまくさい蜜糖みつねばりだのがこびりついていて、いかに、かれの胃袋いぶくろが、きょう一日をまんぞくにおくっていたかを物語っている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心太ところてんを食べて黄粉きなこめると心太が溶けてしまうし、牛肉を食べた後にパインナプルを喫すると消化が速い。試みに牛肉へパインナプルの汁をかけておくと肉が溶けて筋ばかり残るそうだね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのお茶の子は今いう鶯餅うぐいすもちのように、あんをつつんだ餅に黄粉きなこをまぶしたものであった。手のない家ではこれを買い取って朝茶を飲み、それで朝飯をぬきにした人が多かったということである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
城外は砂漠で、砂粒は黄粉きなこみたいにこまかい。軍靴がそれにめり込む。固い土と違ってキックがきかないので、かけ足をするにしても、歩幅一メートルのところが、五十センチぐらいで留まる。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その雪には花崗の霉爛ばいらんした砂が黄粉きなこのようになって、幾筋となくこぼれている、色が桃紅なので、水晶のような氷の脈にも、血管が通っているようだ、雪の断裂面は山から吹き下す風のためであろう
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさなもず来てををりける。草餅の蓬よろしと、黄粉きなこつけ、食みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雨に打たれることのない庇の下など、土は黄粉きなこのようにポクポクであった。いくらでも水を吸った。さっさと如露を動かすと、水滴がひろがって土に落ちるとき、軟かい清らかな粒の揃った音がした。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「有難う。だがこれはお国のと違って黄粉きなこがわるいね。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)