魔魅まみ)” の例文
どこともなく立ち去った様子であったが、夜更けてからまた同じ姿の輪廓を、星明りに浮き立たせて来て、魔魅まみの如く千浪の影に添っていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海にあるやうな深い水の魔魅まみはないかも知れない、けれどもまた海の水のやうに、半死半生の病人が、痩せよろぼひて、渚をのたうち廻つたり、入江に注ぎ入る水に
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
わが邦にも魔魅まみ蝮蛇まむし等と眼を見合せばたちまち気を奪われて死すといい(『塵塚物語』三)、インドにも毒竜視るところことごとく破壊す(『毘奈耶雑事』九)など説かれた。
とたんに、三人のそうたちも、なにかいいしれぬ魔魅まみにおそわれているのを知って、無言むごんのまま、ジロジロと部屋へやのすみずみをみつめ合った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お地蔵さまという御仏みほとけは、五濁悪世ごじょくあくせいといわれる餓鬼がき、畜生、魔魅まみちまたには好んでおくだりある普化菩薩ふけぼさつだということです。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御方は、放胆に外面げめんをかなぐり捨てた。しかしその下のすがたは更にあやしいまで美しい。艶なる魔魅まみ、誘惑の毒壺から、あかと紫色の焔が燃えているような瞳——
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
油がきれたか、格子天井こうしてんじょう仏龕ぶつがんが、パッ、パッ……と大きな明滅の息をついて、そこへヌッと反身そりみに立っているお十夜の影を、魔魅まみのようにゆらゆらさせた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魔魅まみの眸にもみえるし、慈悲心の深い人ならではの物にもみえる。どっちとも、ふと判別のつきかねる理由は、ほかの部分の、いかつい容貌かおだちのせいかもしれない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間の心にひそむ権力の魔魅まみのあやしい作用が、こんなところにも複雑な仮面のもとにうごくのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菖蒲小路あやめこうじの一つのやしきから、魔魅まみのごとく、影をくらましたきり、かれは、ちまたを見ていない。
その御方をめぐって天日をくろうしている奸臣かんしん佞吏ねいり、世をおおう悪政の魔魅まみどもが敵であるだけです。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一雲去れば一風生じ、征野に賊をはらい去れば、宮中の瑠璃殿裡るりでんり冠帯かんたい魔魅まみ金釵きんさいの百鬼は跳梁して、内外いよいよ多事の折から、一夜の黒風に霊帝は崩ぜられてしまった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魔魅まみのような跳梁ちょうりょうをほしいままにし、刑部省の獄中で死んだというような噂のうちに、その姿は洛中からき消えていたが、年経つと、また現われて、空也念仏の人だかりへ
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たたかい合い、さけびあい、双鶏そうけいつめ、くちばしに、阿修羅あしゅらの舞を見るがごときとき——ばくちの魔魅まみかれた人間たちこそ、鶏以上にも凄愴せいそうな殺気を面にみなぎらせてくる。
それが足利勢をして魔魅まみか鬼神のような恐れを覚えさせ、逃げ足立てたことだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、これはいかん。わしの意志が弱いのだ。決然と魔魅まみたもとを払わぬことには」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかなる魔魅まみも、こういう人間の一念なぎょうには、近よりがたいであろうと思えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年の姿を借りた魔魅まみと、問答でもしているような気持に打たれたからである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それもそうか……。するってえと、おれたちは魔魅まみに化かされているかな?」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、命知らずな野伏せりも魔魅まみも道を避けるにちがいない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声に、魔魅まみの力すら覚えるのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)