領巾ひれ)” の例文
そこでスセリ姫の命が蛇の領巾ひれをその夫に與えて言われたことは、「その蛇が食おうとしたなら、この領巾ひれを三度振つて打ちはらいなさい」
彼は領巾ひれをたまさぐりながら、茫然ばうぜんと室の中にたたずんでゐた。すると眼が慣れたせゐか、だんだんあたりが思つたより、薄明く見えるやうになつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
『古事記』にも、須佐之男命すさのおのみことの女須勢理毘売すせりびめが、大国主命おおくにぬしのみことに蛇の領巾ひれを授けて、蛇室中の蛇を制せしめたとあれば、上古本邦で女がかかる術を心得いたらしい。
侍女が彼方からを春風に吹かれながら酒瓶を捧げて来る楽しげな構図だが、王女の下脹れた豊かな頬と云い、大どかな眉と云い、領巾ひれをかついだ服の様子と云い
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひす、胸突むなつき八丁にかゝり、暫く足を休めて後をかへりみる、天は藍色に澄み、霧は紫微しびに収まり、領巾ひれの如き一片の雲を東空に片寄せて
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
姫が狭手彦さでひこの船を見おくりつつ、ここより空しく領巾ひれふりけむと、かきくるる涙にあやなや、いづれを海、いづれを空、夢かうつつかのそれさへ識るの暇もなく、あたかも狂へるものの如くに山を下り
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
領巾ひれふるや、夢の足なみ軽らかにうつゝなきさま。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その中でも一人が領巾ひれをふる。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
が、彼等があの部落の中でも、いやしいものの娘でない事は、彼等の肩にかかっている、美しい領巾ひれを見ても明かであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この天の日矛の持つて渡つて來た寶物は、玉つ寶という玉の緒に貫いたもの二本、また浪振る領巾ひれ・浪切る領巾・風振る領巾・風切る領巾・奧つ鏡・邊つ鏡、合わせて八種です。
白き領巾ひれふる。百済琴くだらごと
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大広間の外へ出ると、須世理姫は肩にかけた領巾ひれを取つて、葦原醜男の手に渡しながら囁くやうにかう云つた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は昨夜室の蜂が、彼のまはりへ群がつて来た時、須世理姫に貰つた領巾ひれを振つて、危い命を救ふ事が出来た。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は茫然と立ちどまったなり、次第に遠くなる領巾ひれの色を、見送るともなく見送った。それからあたりの草の上に、点々と優しくこぼれている嫁菜の花へ眼をやった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、彼等には彼の威嚇いかくも、一向効果がないらしかった。彼等はさんざん笑ってから、ようやく彼の方を向くと、今度はもう一人がやや恥しそうに、美しい領巾ひれもてあそびながら
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)