阿爺おやじ)” の例文
娘も阿爺おやじに対するときは、険相けんそうな顔がいとど険相になるように見える。どうしても普通の親子ではない。——自分はこう考えて寝た。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そののち私一人金沢へ出て来て、ある学校へ入っているうち、阿爺おやじくなられて、ちょうど三年前だね、余儀なく中途で学問は廃止やめさ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも、香蔵さん、吾家うち阿爺おやじ俳諧はいかいを楽しむのと、わたしが和歌を詠んで見たいと思うのとでは、だいぶその心持ちに相違があるんです。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
文ちゃんはかせにんで、苦しい中から追々工面くめんをよくし、古家ながら大きな家を建てゝ、其家から阿爺おやじの葬式も出しました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
馬車屋の阿爺おやじ「どうです菊人形の出来は?」に大汗の後で冷汗。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「そりゃそうかも知れないけれども、どこの国にあなた阿爺おやじから送って貰った金を、きちんきちん返すやつがあるもんですか」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「寿平次さん、君はよいことをしてくれた。助郷のことは隣の伊之助さんからも聞きましたよ。阿爺おやじはもとより賛成です。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「な、阿爺おやじどの、お孝が今だ、お前に別れて帰り際に、(待ってるからおいで、きっとだよ。)と言うたではないですかい。……違やせまいが、な。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
儂等わしら親子おやこ三人の外に、女中が一人。阿爺おやじが天理教に凝って資産を無くし、母に死別れて八歳から農家の奉公に出て、今年二十歳だが碌にイロハも読めぬ女だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「わたしは元服を済ますまで盃を手にするなって、吾家うち阿爺おやじに堅く禁じられていますよ。」と勝重はすこし顔をあからめる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「おやじは阿爺おやじ、兄は兄、己は己なんだから仕方がない。己から見ると、交際を拒絶するだけの根拠がないんだから」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
阿爺おやじどの、阿爺どの。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ごらん、吾家うち阿爺おやじはことしで勤続二十一年だ、見習いとして働いた年を入れると、実際は三十七、八年にもなるだろう。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうも時計を買えの、万年筆を買えのって、貧乏な阿爺おやじを責めて困る。それでも近頃馬だけはどうかこうかあきらめたようだから、まだ始末が好い」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実は、達雄のように武士として、又薬の家の主人あるじとしての阿爺おやじを持たなかったが、そのかわりに、一村の父として、大地主としての阿爺を持った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そのくらい虫が知らせると阿爺おやじも外国で死ななくっても済んだかも知れない。阿爺は嗅覚が鈍かったと見える」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そりゃ可愛がっているんですよ——あの児の眼の悪かった時なぞは、そこの阿爺おやじさんが毎日のように背負おぶってお医者の家へ通っていましたっけ」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうも失敬した。何しろ安公やすこうの持ってるものでないんだから仕方がない。阿爺おやじうちに昔からあったやつを、そっと売って小遣こづかいにしようって云うんだからね」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
名倉さんの方では母親おっかさんと兄さんと附いていらしッたんですッてね。きっとまた吾家うち阿爺おやじ喋舌しゃべっていましょうよ。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「東洋の経綸さ。ハハハハ。おれのようなのはとうてい西洋には向きそうもないね。どうだろう、それとも修業したら、君の阿爺おやじぐらいにはなれるだろうか」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾家うち阿爺おやじなぞも非常に心配していましたよ。この話を聞いたら、さぞあの阿爺も安心しましょう。ふるい、旧い木曾福島の旦那だんなさまですからね。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
阿爺おやじも親切だな。そうかそれで兄さんが馬鹿になっちまったんだね。阿爺親切にして子は馬鹿になりか」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾儕は長い間掛って、兄弟に倚凭よりかかることを教えたようなものじゃ有りませんか……名倉の阿爺おやじなぞに言わせると、吾儕が兄弟を助けるのは間違ってる。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はその四十円の半分を阿爺おやじに取られた。残る二十円で、古い寺の座敷を借りて、芋や油揚あぶらげばかり食っていた。しかし彼はその間に遂に何事も仕出かさなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「この第一ちつの方は伊那いなの門人の出資で、今度できたのは甲州の門人の出資です。いずれ、わたしも阿爺おやじと相談して、この上木の費用を助けるつもりです。」
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父はすぐ「所相応だろう」と答えた事があったが、健三は今自分がその地方で作った外套を細君の父に遣って、「阿爺おやじ相応だろう」という気にはとてもなれなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伊之助さん、わたしは吾家うち阿爺おやじから本陣問屋庄屋の三役を譲られた時、そう思いました。よくあの阿爺たちはこんなめんどうな仕事をやって来たものだと。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
坂井は道具屋の素性すじょうをよく知っていた。出入でいりの八百屋の阿爺おやじの話によると、坂井の家は旧幕の頃何とかのかみと名乗ったもので、この界隈かいわいでは一番古い門閥家もんばつかなのだそうである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いえ、叔父さん、そう阿爺おやじの方から出てくれれば、まさかに赤い着物を着せるとも、誰も言いはしなかったろうと思います。ところが阿爺はそうじゃなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
死ぬ時に自分の事をくれぐれも云いおいて死んだのだが、母の財産はみんな阿爺おやじの手に渡って、一銭も自由にする事ができない。仕方がないから、こうして下宿をして小遣こづかいこしらえるのである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういう阿爺おやじを持ってかたづいて来た人のおなかに正太が出来た。お種は又、夫の達雄が心配するとは別の方で、自分の子が自分の自由にも成らないことを可嘆なげかわしく思った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「実はあすこのうち阿爺おやじに知れたものだから、阿爺が大変怒ってね。どうか返して貰って来てくれって僕に頼むんだよ。僕も一遍君に渡したもんだからいやだったけれども仕方がないからまた来たのさ」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、時節がら、質素にとも思いましたがね、今夜だけは阿爺おやじの生きてる日と同じようにしたい。わたしもそのつもりで、蕎麦そばで一杯あげることにしましたよ。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「僕等の阿爺おやじきちがいに成ったのも、この幽霊の御蔭ですネ……」と復た彼は姉の方を見て言った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「俺は自分の子供が大きく成ったら読んで貰うつもりサ。下手へたに隠すまいと思って来たね。阿爺おやじはこういう人間だったかと、ほんとうに自分の子供にも知って貰いたいと思って来たね……」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そうでしょうなあ。何から手をつけていいかわからないような時でしょうなあ。どうでしょう、お師匠さま、今度の百姓一揆のあと始末なぞも、吾家うち阿爺おやじの言うように行きましょうかしら。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)