輕業かるわざ)” の例文
新字:軽業
それから木戸番の傳六は、日頃お銀を追ひ廻して居たやうだが、輕業かるわざがはねる前に身體が明いて、横町の叶屋かなふや樽天神たるてんじんを極め込んでゐる。
奇觀きくわん妙觀めうくわんいつつべし。で、激流げきりう打込うちこんだ眞黒まつくろくひを、したから突支棒つツかひぼうにした高樓たかどのなぞは、股引もゝひきさかさまに、輕業かるわざ大屋臺おほやたいを、チヨンとかしらせたやうで面白おもしろい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しておいでなされます其時は何時いつでも久兵衞さんが私しに山下へ行て源水でも輕業かるわざでも見ていと言て錢を五十文か百文づつくれますから私しは山下へゆき遊んで來ては又供を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かねや太皷でちんからと、俵くづしの輕業かるわざ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
俺はやうやく命だけを拾つて、長崎へ落延び、異人に輕業かるわざを教はつて江戸へ乘り込んで來ると、善兵衞はあの通り日の出の勢ひだ。
「馬鹿だなア、よだれを拭きなよ。兩國の輕業かるわざ小屋の女太夫に夢中になつて、立派な御用聞が毎日通つちや見つともないぜ」
兩國だけぢやわからないが、それでも江戸中を盲探めくらさぐりに搜し廻るよりは樂だらう。——兩國へ行つたら、輕業かるわざ、足藝、玉乘りの小娘に氣をつけて見るが宜い。
その中にも、輕業かるわざの玉水一座の繪看板がお靜の注意をひきました。花形の太夫は小艶こえんといふ二十四五の女で、かつては水茶屋のお靜と張合つた兩國第一の人氣者。
そんなことを言ひながら、半永久的に建てた玉川權之助の輕業かるわざ小屋へ、平次と八五郎は入つて行きました。
最初は輕業かるわざの南左衞門といふ親方のところで、玉乘りやブランコの稽古けいこをさせられて居りました。
派手な輕業かるわざの太夫に似氣なく、よごくさつた木綿のあはせに、赤い帶を無造作に締めたその晩のお玉は素足に長刀なぎなた草履、髮も、形も、つくろはぬまゝに荒んで、激しい怒氣を含んだ顏には
兩國に小屋を掛けて、江戸開府以來最初の輕業かるわざといふものを見せた振袖源太。前髮立の素晴らしい美貌びばうと、水際立つたあざやかな藝當に、すつかり江戸ツ子の人氣を掴んでしまひました。
窓を開くと、勘次郎の殺された部屋までは四間あまり、此處から向うへ屆くやうな踏板もなく、先づ綱でも張つて、輕業かるわざの太夫でも伴れて來なければ、向うへ渡る見込みはありません。
輕業かるわざをやつてお艶の面白がるのを見ようと思ひ立ち、お艶に手傳はせて、路地の先の長屋の二階から、お艶の部屋の隣りの大納戸まで忍び返しを越して綱を手繰たぐつて行くことを思ひつき
「その代り、玉川權之助は輕業かるわざの足を洗つて、燕女と夫婦になり、近いうちに小間物屋を始めるといふことだ。燕女といふのは字で書くと變だが、あの女はつばめといふのが本名だつてね」
見世物や輕業かるわざは、構はれたも同樣で、今更外の一座に割込むわけにも行かず、よしんばまた私を使つてくれるところがあつたにしても、あの仲間に戻るのは、私の方で眞つ平御免だと思ひました。
兩國の輕業かるわざ小屋ですよ、綱渡り太夫、此間から江戸中の人氣を
「話には聽いたよ。大層上手じやうず輕業かるわざを見せるさうぢやないか」
輕業かるわざの小屋で」