よそ)” の例文
旧字:
で、彼は、つとめて平気をよそおうとして、非常に苦しんだ。それは、彼が負けぎらいな性質であるだけに、一層不愉快なことだった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ぬたをの……今、わっし擂鉢すりばちこしらえて置いた、あれを、鉢に入れて、小皿を二つ、いか、手綺麗てぎれいよそわないと食えぬ奴さね。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、こう云う場合には粟野さんに対する礼儀上、当惑とうわくの風をよそうことに全力を尽したのも事実である。粟野さんはいつもやすやすと彼の疑問を解決した。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
更にこれに縊死をよそわしめたるは、一見、浅薄なる犯行隠蔽の手段なるが如きも、実はあらず、他の指紋等を消去りたる犯人の行動と比較考慮する時は
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
高原地帯の原始林は既に、くろずんだ薄紫色の新芽によそわれていたが、野宿をするには、未だ寒かった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
主観主義者は、どれほど概念的或いは論理的によそおうとも、内実は感傷家でしかないことが多い。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
自分ひとりで万事を解決してやろう、こう思ってわざと平気をよそうて母に安心さした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「今に殺してしまう……」伊豆は落付きをよそおうとして幾らか味気ない顔をしたが
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
人の疑いをく種となりますから、その前々日大臣の所から法服を借りて来たので、私はその法服を着けてやはり普通セラ寺の僧侶がラサ府に滞在して居るという風によそおうて居ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その日は帰途かへりに雨に会つて来て、食事に茶の間に行くと、外の人はう済んで私一人限ひとりきりだ。内儀は私に少し濡れた羽織を脱がせて、真佐子に切炉の火でさせ乍ら、自分は私に飯をよそつて呉れてゐた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
真中まんなか卓子テエブルを囲んで、入乱れつつ椅子に掛けて、背嚢も解かず、銃を引つけたまま、大皿によそった、握飯、赤飯、煮染にしめをてんでんに取っています。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女が自分自身の時間を惜しむ近頃のくせから、もう一つは口やかましい祖父に対する反感から、眠り果てぬ眠りをよそうているのだということは、祖母も母も感付いていた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
などと言いながら、茶碗によそって、おんなたちは露地へ廻る。これがこのうえおくれると、勇悍ゆうかんなのが一羽押寄おしよせる。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毛一筋も乱れない円髷のつやこぼさず、白粉の濃い襟を据えて、端然とした白襟、薄お納戸のその紗綾形さやがた小紋の紋着もんつきで、味噌汁おつけよそ白々しろしろとした手を、感に堪えて見ていたが
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と上手に御飯をよそいながら、ぽたぽた愛嬌をこぼしますよ。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)