薫風くんぷう)” の例文
繁華の橋上きょうじょう乗込のりこみの役者を迎ふる雑沓の光景(第二図)より、やがて「吹屋町ふきやまちすぐれば薫風くんぷうたもとを引くに似た」る佐野川市松さのがわいちまつ油店あぶらみせ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しばらく入口で躊躇ちうちよした末、八五郎にうながされて、大輪の白百合のやうな感じのする若い娘が、一陣の薫風くんぷうと共に入つて來ました。
俳句の季題の「おぼろ」「花の雨」「薫風くんぷう」「初あらし」「秋雨」「村しぐれ」などを外国語に翻訳できるにはできても
涼味数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
翌る朝は、夜の明けないうちから、津軽平つがるだいらの何十里に、笛太鼓の音が流れていた。初夏の薫風くんぷうに白いつばさを拡げて、青田の上を白鷺しらさぎが群游していた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
みゑ子が手離しで歩きだしたと言って笑い、転んだと言っては騒ぎ、家のなかはいつも薫風くんぷう瑞雲ずいうんが漂った。
盗難 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
すると、右門は縁側でひと吹き千両の薫風くんぷうに吹かれながら、湯上がりの足のつめをしきりとみがいていましたが、にたりと微笑すると、いたわるようにいいました。
おのずから薫風くんぷうの生ずる有様を如何いかんともすることができませんでした。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一、その外かすみ陽炎かげろう東風こちの春における、薫風くんぷう雲峰くものみねの夏における、露、霧、天河あまのがわ、月、野分のわき星月夜ほしづくよの秋における、雪、あられ、氷の冬におけるが如きもまた皆一定する所なれば一定し置くを可とす。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ガラツ八の八五郎は、薫風くんぷうに鼻をふくらませて、明神下の平次の家の、庭先から顎を出しました。いとも長閑のどかな晝下りの一齣ひとこま
すべてのエキゾティックなものに憧憬どうけいをもっていた子供心に、この南洋的西洋的な香気は未知の極楽郷から遠洋を渡って来た一脈の薫風くんぷうのように感ぜられたもののようである。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
月はまだ五月初旬の爽涼そうりょう、若者の心そのままな薫風くんぷうたもとを打つ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薫風くんぷうに素袷の袂を吹かせて、江戸の風物は一番嬉しいときですが、仕事となると、町々の青葉にも、山時鳥やまほとゝぎすにもこだはつては居られません。
薫風くんぷうに懷ろをふくらませて、八五郎はフラリと入つて來ました。相變らず寢起の良ささうなのんびりした顏です。
初夏の薫風くんぷうに歌う鳥のように、心からき出ずる旋律を、すばらしい天才で処置し、五線紙に留めて百千年の後にのこした人類への恩恵そのものだったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
若黨れがして居ないばかりでなく、傍に居る者に、五月の薫風くんぷうのやうに爽やかさを感じさせるのです。
つまらない噂を立てられると、お互の爲にもならないから——そんな念入りな事まで言つて、美しいおもかげだけを殘して、一陣の薫風くんぷうのやうに立去つたのでした。
さう言つて、一陣の薫風くんぷうを殘して、庭の方へ飛んで行くお富を見送りながら、平次は手代の彌八——お君の婿になる筈だつた若い彌八を、四疊半にさそひ入れました。
ガラッ八の八五郎が、薫風くんぷうふところをはらませながら、糸目の切れた奴凧やっこだこのように飛込んで来たのです。
木綿物のつぎの当ったあわせも、無造作に後ろで束ねた髪も、浅ましい限りですが、ほんの少しの身じろぎにも、おのずか薫風くんぷうが生じそうで、この娘の魅力はまことに比類もありません。
江戸の町が青葉でつゞられて、薫風くんぷう五月さつきの陽光が長屋の隅々まで行き渡るある朝のこと
晴れあがつた五月の空、明神下のお長屋にも、さはやかな薫風くんぷうが吹いて來るのです。