瞭然はっきり)” の例文
国民はこの政界の颶風ぐふう切掛きっかけ瞭然はっきりと目を覚し、全力を緊張させて久しくだらけていた公私の生活を振粛しようとするであろう。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
毎日職をあさりに出て行く夫が、家庭の外でどういう行動を取って帰って来るのか? 三枝子は瞭然はっきりとそれを知りたい気がした。
接吻を盗む女の話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
人間と云うものは考え直すと妙なもので、真面目まじめになって勉強すれば、今迄少しも分らなかったものも瞭然はっきりと分る様になる。
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、それを不思議だと思っているうちに、幽霊は再び元の姿になるのであった、元のように瞭然はっきりとして鮮明な元の姿に。
咽喉のどかわいて引付ひッつきそうで、思わずグビリと堅唾かたずを呑んだ……と、段々明るくなって、雪江さんの姿が瞭然はっきり明るみに浮出す。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いくら考えても考え直してみても記憶と記憶との間に一カ所大きな穴があって、そこのところがどうしても瞭然はっきりとしない。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
今も静かに眼を閉じて昔を描けば、坂の両側の小さな、つつましやかな商家がとびとびながらも瞭然はっきりと浮んで来る。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
私はふと顔をげると、その頬骨の尖端から顎骨の不気味な角度にかけて、あらゆる細部が瞭然はっきりと眼に映った。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
一時間ほど前までにはあんなに瞭然はっきりとして、楽しそうに話していたのに、それで突然、出しぬけに魂を奪われてしまうなんて、どう考えても信じられません。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然はっきりしない。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
この燃殻もえかすの紙は脅迫状の紙と同質なんだ、机の下から発見した半巾ハンカチーフね、あれには手紙を包んであった皺が瞭然はっきり残って、しかもナフタリンのにおいみこんで居た
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
生憎あいにくこの近眼だから、顔は瞭然はっきり見えなかッたが、咥煙管くわえぎせるで艪を押すその持重加減おちつきかげん! あっぱ見物みものだッたよ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
号室ごうしつだい番目ばんめは、元来もと郵便局ゆうびんきょくとやらにつとめたおとこで、いような、すこ狡猾ずるいような、ひくい、せたブロンジンの、利発りこうらしい瞭然はっきりとした愉快ゆかい眼付めつき
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
空が暗くなるにつれて、深山の奥でさかんに火の手が燃え上って、その焔の周囲まわりに三つの黒い影が動くのが瞭然はっきりと分ったが、いつしか火手ひのて漸次ぜんじに衰えて、赤かった焔の力が弱って黄色くなって見えた。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お園の頭と肩とはごく瞭然はっきり見えたが、腰から下は姿がだんだん薄くなって見えなくなっている——あたかもそれが本人の、はっきりしない反影のように、また、水面における影の如く透き通っていた。
葬られたる秘密 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
私は微力を測らずして一躍男子の圧抑からのがれようとするやせ我慢を恥じねばならなかった。私は瞭然はっきりと女性の蒼白そうはくな裸体を見ることが出来た。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そのすらりとした後姿を見せて蓮葉に日和下駄ひよりげたを鳴らして行くお鶴と、物を言わない時でも底深く漂う水のような涼しい眼を持ったお鶴とをことさら瞭然はっきりと想い出すことが出来る。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その瞭然はっきりした部分が始終揺れ動いていた。
静寂な木立を後にして崖の上に立っていると芝居の内部の鳴物の瞭然はっきりと耳に響くように思われてあの坂下の賑わいの中に飛んで行きたいほど一人ぼっちの自分がうら淋しく思われた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)