火焔ほのお)” の例文
その死骸をすぐには取り片付けようともしないで、残る大勢はまだ消えやらない火焔ほのおのまわりを幾重にも取り囲んでいるらしかった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かれらの心が永く秘められていた火焔ほのおの舌のように、言葉となってあらわれ出るときには、情熱の燃ゆるがままに恋を語ることさえもあった。
かずきの外へ躍出おどりいでて、虚空こくうへさっと撞木しゅもくかじうずまいた風に乗って、はかまくるいが火焔ほのおのようにひるがえったのを、よくも見ないで
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてほかの雲は赤か、金色か、火焔ほのおのやうで、又ほかの雲は灰色で、又別なのは真黒だ。色も見てゐる中に変つてゆく。
そして二人が寝ておる寝室に赤い火焔ほのおが迫った時わしは笑うた……二人は死んだのだ、コルマックとアイリイが
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
銅製の燭台に輝いている青白い火焔ほのおは、あるかなきかの薄い光りを暗い室内に投げて、その光りはあちらこちらに家具や蛇腹じゃばらの壁などを見せていました。
私たちの前で天と地が裂けて、神様のお眼の光りと、地獄の火焔ほのお一時いっときひらめき出たように思われました。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
周囲四丈八尺ある門前の巨杉おおすぎの下には、お祭りの名残りの塵芥じんかいや落葉がうずたかく掻き集められて、誰が火をつけたか、火焔ほのおは揚らずに、浅黄色した煙のみが濛々もうもうとして
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その姿の幽婉な揺れ方は、白燃の火焔ほのおだけを薪から離して水の上に放ったようでもございます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこでその季節シーズンを二人で暮らしたが、その年の終わるころに私のこのくだらない恋愛の火焔ほのおは燃えつくして、いたわしい終わりを告げてしまった。私はそれについて別に弁明しようとも思わない。
かく記せる間に火焔ほのおははや消えんとす、余の脚は爪先よりすでに凍り始めたり、手の指ももはやきかずなれり、これにて筆を止めん、幸いに余のポケットには今なお残れる一瓶のビールあれば
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
余儀ない旅の思立から、身をもって僅に逃れて行こうとするような彼は、丁度捨て得るかぎりのものを捨て去って「火焔ほのおの家」を出るというあわれむべき発心者ほっしんしゃにも彼自身をたとえたいのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうだ、此奴こいつは自分の子供じゃない。やっぱり他人ひとの子であったのだ——と思うと、眼の前が急にまっ暗になった。炉に燃えさかっている火焔ほのおが胸に突き入って、肉を灼きただらせるのを感じた。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
王鬼火焔ほのおを吐きてよろこぶこと限りなく
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
その後、張の家は火災に逢って全焼したが、その燃え盛る火焔ほのおのなかから、一羽の鷹の飛び去るのを見た者があるという。
わたしの全身に燃えている火焔ほのおを彼女の冷たい亡骸なきがらにそそぎ入れたいと、無駄な願いを起こしたりしました。
かくかくたる地獄の火焔ほのおをふくものは、二つの感情の物凄いもつれである。
すべての男性に、ネサは光明ひかりであり火焔ほのおでおありなされました。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
重太郎は燐寸まっちっていた。有合ありあう枯枝や落葉を積んで、手早く燐寸の火を摺付すりつけると、溌々ぱちぱち云う音と共に、薄暗うすぐろい煙が渦巻いてあがった。つづいて紅い火焔ほのおがひらひら動いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それと同時に二本の大きい蝋燭ろうそくが地上にあらわれて、くれないの火焔ほのおが昼のようにあたりを照らすかと見るうちに、大勢の家来らしい者どもが緋の着物をきた人を警固して来た。
山の上に火が起って、けむりや火焔ほのおが高く舞いあがり、人馬の物音や甲冑かっちゅうのひびきがもの騒がしくきこえたので、さては賊軍が押し寄せて来たに相違ないと、いずれも俄かに用心した。
彼女はその蛇の首をつかんで穴からずるずるとひき出すと、蛇は二つに裂けた紅い舌を火焔ほのおのようにへらへらと吐き出しながら、お絹の痩せた手首へたわむれるようにからみついた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と思うと、たちまちに火焔ほのおのような舌を吐きながら、蛇吉の方へ向ってざらざらと走りかかって来たが、第一線も第二線もなんの障碍しょうがいをなさないらしく、敵はまっしぐらにそれを乗り越えて来た。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)