彼岸桜ひがんざくら)” の例文
都の杉並木の間には、もう彼岸桜ひがんざくらの白っぽい花の影が、雪みたいに見える。春をらぐ洛内の寺院の鐘は、一日一日、物憂ものうげに曇っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惜し気もなく散る彼岸桜ひがんざくらを誘うて、さっと吹き込む風に驚ろいて眼をますと、朧月おぼろづきさえいつのに差してか、へっついの影は斜めに揚板あげいたの上にかかる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枝垂柳しだれやなぎもほんのり青みが見えるようになった。彼岸桜ひがんざくらの咲くとか咲かぬという事が話の問題になる頃は、都でも田舎いなかでも、人の心の最も浮き立つ季節である。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
二人をおおうている彼岸桜ひがんざくらが、陽にされて今にも崩れそうに見えた。ふとお菊は不安そうに訊いた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別れを告げて行こうとする神戸の町々には、もう彼岸桜ひがんざくらの春が来ていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我からと惜気おしげもなく咲いた彼岸桜ひがんざくらに、いよいよ春が来たなと浮かれ出したのもわずか二三日にさんちの間である。今では桜自身さえ早待はやまったと後悔しているだろう。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
床に掛けた花開はなひらく万国春ばんこくのはるとある木菴もくあん贋物にせものや、京製の安青磁やすせいじけた彼岸桜ひがんざくらなどを一々順番に点検したあとで、ふと下女の勧めた布団の上を見るといつのにか一ぴきの猫がすまして坐っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)