広蓋ひろぶた)” の例文
旧字:廣蓋
鍋焼饂飩なべやきうどんの荷の間からへりのとれかゝった広蓋ひろぶたを出し、其の上に思い付いて買って来た一升の酒にさかなを並べ、其の前に坐り
朱塗しゅぬり広蓋ひろぶたへ、ゆうべの皿小鉢や徳利をガチャガチャさせて、またそこへ、だらしのない女が二階から持って降りてくる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
食ひ荒した炬燵の上の赤い広蓋ひろぶたに、電燈が反射してゐる。赤い塗りに、金で小松が描いてある。これも、いまに、見をさめだな……。富岡は、部屋のすべてを眺めまはした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
弟子たちの家からも祝いのお重や広蓋ひろぶたがたくさん届いている。そのうえ近所の仕出し屋から酒肴さけさかなを取って、去年の病気みまいどころではない、華やかで大掛りな宴会が始まった。
寒橋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
亭主帳場から背後うしろ向きに、日和下駄ひよりげたを探って下り、がたりびしりと手当り強く、そこへ広蓋ひろぶた出掛だしかける。ははあ、夫婦二人のこの店、気の毒千万、御亭が出前持を兼ねると見えたり。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宮が平生に違って寂しそうに手紙を読んでおいでになり、漆器の広蓋ひろぶたなどが置かれてあるのを、院はお心に不思議に思召されたが、それは御寺から送っておつかわしになったものだった。
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そして部屋へやのすみにある生漆きうるしを塗った桑の広蓋ひろぶたを引き寄せて、それに手携てさげや懐中物を入れ終わると、飽く事もなくそのふちから底にかけての円味まるみを持った微妙な手ざわりをいつくしんだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
じょちゅうが水こんろを持って入って来た。もう一切いっさいの物を二階のあがり口へ持って来てあると見えて、こんろのあとから広蓋ひろぶたに入れた肉や銚子ちょうしなどを持って来た。鍋の中ではもう汁が煮たっていた。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小波は、改まった会釈えしゃくをしてひきさがって行ったが、間もなく、爪はずれよく足高膳あしたかぜんに錫のちろりをのせて持ちだし、つづいて、広蓋ひろぶたに小鉢やら丼やら、かずかずと運んで来て膳の上にならべる。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
仲どんと呼ばれる若者が、酒を次つぎに持って来、さらに広蓋ひろぶたやけんどんを運んで来た。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、そこへ広蓋ひろぶたに載せた種々くさぐさ音物いんもつに、一のうの砂金まで贈っていた。幕府内の有力な者が地方へ出れば、ところの地頭や守護は、あいさつとして、通例、こういう礼を執ってくる。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この竹の子の置かれた広蓋ひろぶたのそばへ、何であるともわからぬままで若君は近づいて行き、忙しく手でき散らして、その一つには口をあてて見て投げ出したりするのを、院は見ておいでになって
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
広蓋ひろぶたから紋付きの羽織はおりを引き出して、すわったままどてらと着直した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
島田髷の女が広蓋ひろぶたに入れて料理をはこんで来てテーブルの前に置いた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのまずいつらを眺めてあッ気にとられたのは道中師の伊兵衛で、朱塗しゅぬりの広蓋ひろぶたに飲みちらした酒の徳利や小皿があり、そばには木枕がころがッていますから、馬春堂の留守にここへ来るなり
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
広蓋ひろぶたを持って、顔じゅう汗だらけであった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、秀吉の好意を告げて、広蓋ひろぶたにのせた衣裳を見せた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)