幾度いくた)” の例文
私は彼の右手が高く、ゆるやかな動きをみせて、あたかも舞台の上に立つ名優の所作のごとく、同じ位置を幾度いくたびとなく旋廻するのを見た。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
私はどうかして、教に服するよりも、「教」と「私」とが暖かに滑かに一致して行くようにならぬものかと、幾度いくたび願い、もだえ、苦しみましたろう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
幾度いくたびかかへりみておもへば、さてもはしたきことなり、うぢらず素性すじやうらず、心情こゝろだてなにれぬひとふとは、れながらあさましきことなり、さだめなきさだめなきひとたの
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
日曜はことに掃除日と定めて書生部屋の隅まで一々あらため、大小便所の内まで私が自分で戸をけてこまかに見るとうようにして居たから、一日に幾度いくたび廊下をとおって幾人の書生に逢うか知れない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
同じようなことが幾度いくたびもくりかえされる場合にはそういうことができるとも考えられようが、くりかえされることは実は歴史の過程ではない。それは自然界においてのみ見られる現象であろう。
幾度いくたびとなく父の姿がわたしの頭の中を走った。靴の先きが長いマントの裾に掩われて、彼の痩せた身体が今にも前によろけそうに見えた。
三等郵便局 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
私はかゝる夜を幾度いくたび、ほしいまゝをんなと手を取り、重たげに蔽ひかぶさる櫻の花の下を歩いたであらう。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
おもちゃ棚の前を私は幾度いくたびとなく歩きながら到頭非常に精巧につくりあげた軍艦をえらんだ。その軍艦はゼンマイ仕掛になっていて座敷の中を自由に走り廻るのであった。
秋風と母 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
これを敝履へいりのごとく捨てて顧みないというようなことも幾度いくたびとなく繰返された。
経営の任にあたるものが小野を中心に幾度いくたびとなく協議した挙句、一円の月謝を八十銭増額して校費の補給にあてることになったが、この計画の実行がいかに勇断を必要としたかということは
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)