つぼね)” の例文
そして大勢の女官のうちでも、武佐女むさじょのはなしがとりわけ巧みであったので、いつか「夜がたりのつぼね」という通り名をもらっていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の次には黒装束に覆面の曲者くせものがおつぼねの中へ忍び込んで、ぐっすり寝て居る椎茸髱しいたけたぼの女の喉元へ布団の上から刀を突き通して居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
愛宕あたごさんのはうがよろしいな。第一大けおますわ。』と、お光は横の方にみすのかゝつたつぼねとでも呼びさうなところを見詰めてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一番目は在来の大阪落城を桜痴おうち居士が改作したもので、団十郎の宮内のつぼねと新蔵の木村重成、この母子おやこの別れの場が最も好評であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「おゝ御館おやかたでは、藤のつぼねが、我折がおれ、かよわい、女性にょしょう御身おんみあまつさただ一人にて、すつきりとしたすゞしき取計とりはからひを遊ばしたな。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ、三斎屋敷のおつぼねさまとは、深更よふけのささごともなさるくせに、あたし風情とは杯もうけとられないとおっしゃるの——ほ、ほ、ほ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「つい十日ほどまえに、将軍家で第七女の御出産があった、御生母はなにがしのつぼねとか聞いたが、その局は疑わしくはないか」
屏風はたたまれた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
行き過ぎてから振り返って見ましたところ、まだ村岡のおつぼね様には、同じところにたたずんで、こなたを見送っておられました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いや、それよりも大奥のおつぼね、腰元、お女中たちの間における美男相撲江戸錦の人気はむしろすさまじいくらいで——
その夜は、「いたくたたかせで待て」という手紙があらかじめ来ていたにかかわらず、定子の妹御匣殿みくしげどのから「つぼねに一人はなどてあるぞ、ここに寝よ」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
又、昼間、自分のつぼねに下がっている時には、ひねもす、此頃自分の事をいかにも頼りにし切っているような老いた父の姿などを恋しく思い浮べていた。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
つぼねは少し茶かし気味です。後ろの方で黙って見ている京姫の悪戯いたずららしい眼がそう言わせたのかも知れません。
すぐにも下城しそうな足取りで、おつぼねを出たが、しかし、お局外の長廊下を大書院へ近づくうちに次第次第に歩度がゆるんで、うなだれて、両腕を組んだ。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お玉はきょう機嫌のい父親の顔を見て、阿茶あちゃつぼねの話を聞せて貰い、広小路に出来た大千住おおせんじゅの出店で買ったと云う、一尺四方もある軽焼の馳走になった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
寂光院の塔頭たっちゅうに新たなるいおりを結んだ、一人の由緒ゆいしょある尼法師、人は称して、阿波あわつぼねの後身だとも言うし、島原の太夫の身のなる果てだと言う者もあります。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……なにかアヤがあるな、で、市村座へ行って調べて見るてえと、つぼねの芝居くらべがあるから十五日朝まで衣裳一式ととのえろというご下命があったとぬかす。
それを、たとい人に負われてもよいから出て来いと云ったので、仕方なく出て来た。呼び出しておいてから、そのつぼねをさがして見ると、血のついた小袖こそでが出て来た。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平中へいちゆうは独り寂しさうに、本院の侍従のつぼねに近い、人気ひとけのない廊下に佇んでゐる。その廊下の欄にさした、油のやうな日の色を見ても、又今日は暑さが加はるらしい。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
若い官女がおつぼねさま附の権威を主張するような、狂言師が世間の辞儀を述べるような、あでやかでつんとして、呆けた上品さで——この蕋は伸び上ってまいります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ジャジャは中世の茶々のつぼねなどのチャチャと同じく、もとは緑児みどりごが母を呼ぶ声から出たものらしい。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燁子さんは、故伯爵前光卿さきみつきょうを父とし、柳原二位のおつぼね伯母おばとして生れた、現伯爵貴族院議員柳原義光氏の妹で、生母は柳橋の芸妓だということを、ずっとのちに知ったひとだ。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
つぼねなどと言われる狭い短い板の間の戸口に寄って薫のしているのを片腹痛いことに思う小宰相であったが、さすがにあまりに卑下もせず感じのよいほどに話し相手をした。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
知時は内裏に行くと、夜になって人目につかなくなってから、つぼねの裏口にひそんでいた。すると確かに、訪ねるあてぬしの声で何かいっているのが聞えた。耳を澄ましてみると
奴矢田平は明の宋蘇卿の遺子順喜歓じゅんきかんが仮の名にて、これしきの一天下を覆がへすになんの手間隙と云ふ意気込にて、真柴久次に仕へしが、老女石田のつぼねに見あらはされ、自尽す。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
その中に五十余りの内侍がいたく白酒に酔われて、その酔態が殊にその日の興味になって皆の眼にとまった、というのである。宮中といってもつぼねなどで催される宴かとも想像されるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
論より証拠音が出るんだから、小督こごうつぼねも全くこれでしくじったんだからね。これがぬすみ食をするとか、贋札にせさつを造るとか云うなら、まだ始末がいいが、音曲おんぎょくは人に隠しちゃ出来ないものだからね
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夢も通はぬとほつぐに、無言しゞまつぼね奧深おくふか
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「元気すぎますよ。父上がいないので、毎日、奥のつぼねにぎやかな事といったらありません。それでなくても、陽気なほうですからね」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だからお遊さんのところへいくとまるでおつぼねさまのお部屋へでも行ったような気がしたものだと父はよくそう申しました。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
寅寿の乗物を、小石川御門の外まで送っていった家士が戻るまで、さすがに内膳はつぼね口から動くことができなかった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雖然けれどもつぼね立停たちどまると、刀とともに奥の方へ突返つっかえらうとしたから、其処そこで、うちぎそでを掛けて、くせものの手を取つた。それが刀を持たぬ方の手なのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なにがしのつぼね、なにがしの姫君と、そこにも此処にもあだし名を流してあるく浮かれのお身さまと、末おぼつかない恋をして、わが身の果ては何となろうやら
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
侍従のつぼねという、すばらしい女房をとっつかまえて、歌を詠みかけたりなんぞして、とうとうものにする。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ここは木曽家の大奥なのであって、無数の部屋はつぼねなのであった。そうしてご殿女中は玉章たまずさなのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御台さまをはじめおつぼね腰元たちはことのほかその若衆ぶりが御感に入ったらしく、いっせいにためいきをついて目を細めながら、ざわざわとざわめきたちました。
「親分の平次に逢つたらさう言つておくれ。男に心引かれたことのないおつぼねのお六が、岡つ引にしやくの介抱をして貰つたばかりに、火の中で死んでしまつた——と」
行子が黒谷の尼院のつぼねまがいで、似たような境遇の預姫あずかりひめと長い一日をもてあましていたころ、雑仕ぞうし比丘びく尼たちの乏しい食餌しょくじに悩み、古柯こかという葉を灰で揉んで噛んだり
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
長雨ながあめの続いた夜、平中は一人本院の侍従のつぼねへ忍んで行つた。雨は夜空が溶け落ちるやうに、すさまじい響を立ててゐる。路は泥濘でいねいと云ふよりも、大水が出たのと変りはない。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
冗談じょうだんを混ぜては笑いもし、また泣きもして少将は夜通し中将の君のつぼねから去らなかった。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
有栖川宮ありすがわのみや妃慰子殿下、新樹しんじゅつぼね、高倉典侍、現岩倉侯爵の祖母君、故西郷従道さいごうつぐみち侯の夫人、現前田侯爵母堂、近衛公爵の故母君、大隈おおくま侯爵夫人綾子、戸田伯爵夫人極子を数えることが出来る。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
聞何と云る熊谷にて世話に成し者だと夫れはへんな事なり其者大方おほかたふぢつぼねであらうがそれがしは是まで女に心安き者はなきはずなりと淨瑠璃じやうるり狂言きやうげん洒落しやれを云ゆゑ門弟には少しもわからず當惑たうわくして居るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
結界けつかいを越えて廣い板の間を歩くと、參詣人の投げた文久錢が足の裏に冷りとした。常に下ろしてあるすだれをかゝげて、東のつぼねに入つたが、古臭い空氣が鼻をいて、自分の姿さへ見られぬ暗黒である。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
縁辺の話を決定とりきめたいという親類の意見から、暫く役目のお預りを願って、その空屋あきや同然の古屋敷に落付く事になると、賑やかな霞が関のおつぼねや、気散きさんじな旅の空とは打って変った淋しさ不自由さが
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夢も通はぬとほつぐに、無言しじまつぼね奥深おくふか
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
小督こごうつぼねの墓がござんしたろう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三条のつぼねだの、お茶々ちゃちゃだの、松の丸たちが、もうさっきから、膳部やしとねの用意をもうけ、秀吉の姿を待っているのに、その秀吉は
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、藤のつぼねの手で、隔てのおふすまをスツとける。……其処そこで、卿と御簾中ごれんちゅうが、一所いっしょにお奥へと云ふ寸法であつた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
双葉は若さまの夜具へつっ伏して泣き沈んでいるところを、老女にたすけられてつぼねへ帰ったが、待兼ねていた腰元たちの羨望せんぼう好奇に満ちた質問をあびると
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
平中が例のつぼねのあたりへ行って物蔭にひそみながら、筥の始末をする召使の出て来るのを待っていると、或る日、年の頃十七八の、可愛らしい姿形をした
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
当代の殿上人のうちでも風流男みやびおとこの誉れをうたわれて、なんのつぼね、なんの女房としばしばあだし名を立てられるのを、ひとにもうらやまれ、彼自身も誇らしく考えていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)