少輔しょうゆう)” の例文
「いや、まったくは、治部じぶ少輔しょうゆう兼顕かねあきの三男、卜部兼好うらべかねよしでおざるよ。……俗の名を取ってそのまま、今は兼好法師と呼ばれておるが」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
治部少輔しょうゆうの旧直領として厳しい御詮議だったというから、新領主の法度はっとは重いものに、違いない、家や田畑はどうなったろう、母や妻はどんな身の上に落ちたろうか
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
案内役の内記は式部少輔しょうゆうを兼任する官吏であった。二つともりゅうとした文事の役であるのが、しなれたようにはかまを高くくくり上げたりしてお付きして行くのもおかしかった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
厳島の宮尾城は、つい此の頃陶にそむいて、元就に降参した己斐こひ豊後守、新里にいざと宮内少輔しょうゆう二人を大将にして守らせていた。陶から考えれば、肉をくらっても飽足らない連中である。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
南部坂の浅野式部少輔しょうゆうの門を、つかつかと早足に入って行った旅すがたの男がある。竹の子笠をかぶっていたので、顔はよく分らなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みんな兵部少輔しょうゆう宗勝の仕事だ。
有馬兵部少輔しょうゆうの内命をうけて、単身この山荘を探りに来たほどの戸川志摩だ。充分腕に覚えはある。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さ……刑部少輔しょうゆう様は、越前の敦賀つるが城から御発向で、やはり今度の上杉攻めには、徳川内府様の軍にいてお出ましになるとは聞いていたが、いつ頃この辺を通るやら?」
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大谷刑部少輔しょうゆう吉継の紋を打った幕が、そこの土塀や中門をめぐらして、うまやには、馬のいななきがさかんであった。宿場には、彼の手兵が分宿し、往来には、篝火かがりが夕月をがすほど煙を揚げている。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
治部少輔しょうゆう三成は、佐和山の一室で、陽が薄れるともう待ちわびていた。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『今井町の浅野式部少輔しょうゆう様の御註文でございますが』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一 左方、南天弓 馬場民部少輔しょうゆう
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刑部ノ少輔しょうゆう時興ときおき