嗜欲しよく)” の例文
一般の英国人はそれ等の点に仏蘭西フランス人程の興味を持つて居ないらしく、一嗜欲しよくみたせばると云つた風に食事の時間迄が何となくせはしげだ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
さらに、それをおもうたびに、まるでショウ・ウィンドウの向うの一皿料理を見るみたいな、それに手のとどかぬ焦躁しょうそうと猛烈な嗜欲しよくと絶望とをかんじるのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
天下国家をうれいとしないでも、その暇に自分の嗜欲しよくを満足する計をめぐらしても差支さしつかえない時代になっている。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その濃淡な味感を想うとき、嗜欲しよくの情そぞろに起こって、我が肉虜おのずから肥ゆるを覚えるのである。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
変に頑固な嗜欲しよくが今の彼をとらえて居るらしかった。顔の筋肉がこわばっていた。宇治は高城の瞳の色から何とない圧迫をじりじりと感じ取った。それに堪えながら、宇治はその眼を見返していた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あたかもかのライプニッツの率直にして明快な理論がゴージアスの狂愚にして薄弱な修辞学を凌駕りょがするごとく、遙かにその日常の状態を凌駕する、といったような最も鋭敏な嗜欲しよくにみちた気分
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
世の中の競争があまり苦にならない。野々宮さんも広田先生と同じく世外せがいの趣はあるが、世外の功名心こうみょうしんのために、流俗の嗜欲しよくを遠ざけているかのように思われる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今はその嗜欲しよくだけしか五郎にはなかった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
もっとも当人がすでに人間であって相応に物質的嗜欲しよくのあるのは無論だから多少世間と折合って歩調を改める事がないでもないが、まあ大体から云うと自我中心で
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども彼の異常に対する嗜欲しよくはなかなかこれくらいの事で冷却しそうには見えなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから、代助は今日まで、自分の脳裏に願望がんもう嗜欲しよくが起るたびごとに、これ等の願望嗜欲を遂行するのを自己の目的として存在していた。二個の相れざる願望嗜欲が胸に闘う場合も同じ事であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)