一谷ひとたに)” の例文
美女たをやめは、やゝ俯向うつむいて、こまじつながめる風情ふぜいの、黒髪くろかみたゞ一輪いちりん、……しろ鼓草たんぽゝをさしてた。いろはなは、一谷ひとたにほかにはかつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
榎をくぐった彼方かなたの崖は、すぐに、大傾斜の窪地になって、山のすそまで、寺の裏庭を取りまわして一谷ひとたに一面の卵塔である。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両方たに、海のかたは、山が切れて、真中まんなかみちを汽車が通る。一方は一谷ひとたに落ちて、それからそれへ、山また山、次第に峰が重なって、段々くもきりが深くなります。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一山に寺々を構えた、その一谷ひとたにを町口へ出はずれの窮路、陋巷ろうこうといった細小路で、むれるような湿気のかびの一杯ににおう中に、ぷん白檀びゃくだんかおりが立った。小さな仏師の家であった。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)