嵯峨正信房湛空さがのしょうしんぼうたんぐうは、徳大寺の左大臣(実能)の孫であったが、これも聖道門を捨てて法然の弟子となり、一筋に浄土門へ行った。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)