須賀町すがちょう)” の例文
蔵前くらまえの八幡町、森田町、片町かたまち須賀町すがちょう(その頃は天王寺ともいった)、茅町かやちょう、代地、左衛門河岸さえもんがし(左衛門河岸の右を石切いしきり河岸という。名人是真ぜしん翁の住居があった)
前章市内の閑地あきちを記したるじょうに述べたさめはしの如き、即ちその前後には寺町てらまち須賀町すがちょうの坂が向合いになっている。また小石川茗荷谷みょうがだににも両方の高地こうちが坂になっている。
「今日はネ、須賀町すがちょうから三筋町みすじまちへ廻わろうと思ッてうちを出たんだアネ。そうするとネ、須賀町へ往ッたらツイ近所に、あれはエート芸人……なんとか言ッたッけ、芸人……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
初め長女敬が母と共に坐食するに忍びぬといって、なかだちするもののあるに任せて、猿若町さるわかちょう三丁目守田座附もりたざつきの茶屋三河屋力蔵みかわやりきぞうに嫁し、次で次女せんも浅草須賀町すがちょうの呉服商桝屋儀兵衛ますやぎへえに嫁した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すぐ河向かわむこう須賀町すがちょうなので、内々ないない様子をききに行ったのだと言うので、「そんなら早くそう言やアいいのに。」とわたしは百円札を並べて見せ、証文は丸抱まるがかえの八百円というのだから
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この物語のはじめにちょいと噂をした事の有るお政の知己しりびと須賀町すがちょうのお浜」という婦人が、近頃に娘をさる商家へ縁付るとて、それを風聴ふいちょうかたがたその娘をれて、或日お政を尋ねて来た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)