耽読たんどく)” の例文
旧字:耽讀
良平りょうへいはある雑誌社に校正の朱筆しゅふでを握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳ほんやくのマルクスを耽読たんどくしている。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
弟の、土肥八十三郎は、近頃、しきりと、ご禁制の蘭書らんしょを、耽読たんどくしている。のみならず、上方あたりから、しばしば、飛脚がくる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大抵の者は低級雑誌を耽読たんどくしたり、活動写真のファンだなぞと愚にもつかないことを大したことのように思っている程の年齢だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一体小説が好きで、国に居る時分から軍記物や仇討物は耽読たんどくしていたが、まだ人情本という面白い物の有ることを知らなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
Saintサン -Simonシモン のような人の書いた物を耽読たんどくしているとか、Marxマルクス の資本論を訳したとかいうので社会主義者にせられたり
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
が、十八歳で中学を卒業したシューマンは、バイロンやジャン・パウルの作物を耽読たんどくして、腹の底からロマン主義者になっていたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
森鴎外氏の『埋木うもれぎ』やそんなものを古書肆からあさって来てそれらを耽読たんどくしたり上野の図書館に通って日を消したりしながら
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
此の間、夜店の古本屋を冷やかしたら、英訳のモオパッサンの小説が二三冊目についたから、早速買って来て、目下己は熱心に耽読たんどくして居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この道場では、本を読む事はもちろん、新聞を読む事さえ禁ぜられている。耽読たんどくは、からだに悪い事かも知れない。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それにその頃から荷風の小説を耽読たんどくする位で、硬派の彼等から見て、いささか軟派に過ぎてもいたので、これは上級生達から睨まれるのも当然であったろう。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
数年来彼は毎朝、くだらない文学新聞の淫猥いんわい頽廃たいはい的な小説を耽読たんどくしていた。そのために頭が変梃へんてこになっていた。
彼は学校にいる時分から、プラトー以来の数十種の理想国物語、無可有郷物語を、世にも熱心に耽読たんどくしました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それに耽読たんどくしていた雑誌や新刊書が虚栄心をそそのかさずにはいなかった。私は創作家になろうと決心した。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
『神信心』の書物を耽読たんどくしたことから、彼の人相にはなおさらに大きなもったいらしさが加わった。
そんな簡単に、自殺をしようと考えるのには、多分、耽読たんどくした小説の悪影響あくえいきょうもあったのでしょう。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
またポンポニウス・メラ(18)のなかのサター(19)やイージパン(20)についての三、四節は、アッシャーがよく何時間も夢み心地で耽読たんどくしていたものであった。
私も以前にはだいぶ探偵小説を耽読たんどくしたことがあった。四五年前までは新本でも丸善で二十五銭で買えた菊版の六片版シックスペンスエディションを十銭位で古本屋からあさってあるいたこともあった。
私の要求する探偵小説 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
プーシキンやゴンチャローフやドストエフスキーや露西亜の近代の巨星の名什めいじゅう耽読たんどくしたのが四十年前で、ツルゲーネフの断章を初めて日本に翻訳紹介したのが三十六年前であった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
という附合つけあいの句は、ずっと以前『七部集』を耽読たんどくした頃から、頭に沁み込んで離れぬものの一であるが、これが先入主になっているせいか、野童の柿の蔕も直に梢にあるものと解釈した。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その日からこのミカン箱を枕もとに置いて深夜に目ざめてはミカン箱をかきまわして旧作を耽読たんどくし、朝々の目ざめには朗々と朗読する、酔っ払えば女房を膝下しっかにまねいて身振り面白く又もや朗読
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そして変なことには、小説を耽読たんどくしたためか妙に容態ぶっていた。愛嬌を作った男とでもいうような女だった。古い小説が飲食店の主婦式の想像の上にからみついたので、そんなふうになったのだった。
で、此目的で、最初は小狐おぎつねに居た頃喰付いた人情本を引続き耽読たんどくしてみたが、数をかさねると、段々贅沢になって、もう人情本も鼻に附く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
明治三十五年の夏、初めて上京した石川啄木いしかわたくぼくが、小日向こびなたの素人下宿で、ワグナーの「白鳥の騎士ローエングリン」の英訳本を耽読たんどくしていたことを私は記憶している。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
コッソリ蜂須賀家の奥に隠れ、長々と寝たり起きたりして垂加流すいかりゅうの神学書、孫子呉起そんしごきの兵書などを耽読たんどくしていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さながら土用干どようぼしの如く部屋中へ置き散らして、寝ころびながら、手あたり次第に繰りひろげては耽読たんどくした。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その様な彼であったから、当然探偵小説という文学中でのいかものを耽読たんどくした。犯罪に興味を持った。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしは少年の時、貸本屋の本を耽読たんどくした。貸本屋がおいの如くに積みかさねた本を背負って歩く時代の事である。その本は読本よみほん書本かきほん、人情本の三種を主としていた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一生懸命に耽読たんどくして、それに凝り固まってしまいましてな、別にどうという訳もないのに、煉瓦れんがを拾って来て、何一つひどい扱いもしない典獄にほうりつけたものです。
そして犯罪や探偵に関する書物を耽読たんどくしているいわゆる「書生」を連想させる。
ヘルチェン等の論文集を耽読たんどくし、殊に深くビェリンスキーに傾倒していた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いままで、二十数年間、何もせずに無用の物語本ばかり耽読たんどくしていた結果であろう。私は自身の、謂わば骨の髄にまで滲み込んでいるロマンチシズムを、ある程度まで、save しなければならぬ。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
中谷博士は『西遊記』を耽読たんどくして雪の学者になったと同じように、私は数学が小器用に出来たおかげで小説を書くようになったのかもしれないのである。
己は其れ等の書物を見たら、藝術に就いてのやゝ明瞭な概念が得られるだろうと云う希望を以て、かたぱしから一生懸命に耽読たんどくした。最初に取り付いたのはハムレットであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)