“義光”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
よしてる50.0%
よしみつ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
義光(よしてる)殿のご子息の筈、お父上のお見事なるご最期(さいご)は敵軍の中にまぎれ入り、この眼にてさっき方見申してござる! ……忠義の亀鑑(きかん)、武士の手本
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
村上彦四郎義光(よしてる)の御身代りに依つて吉野を落ち給ひし、護良親王から諸国の武士に賜うた高時追討の令旨は、北條氏の無力に愛想を尽かしてゐた諸国の武士に、有効適切に作用して
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
私(わたくし)は——実(じつ)は相州(そうしゅう)荒井(あらい)の城主(じょうしゅ)三浦道寸(みうらどうすん)の息(そく)、荒次郎(あらじろう)義光(よしみつ)と申(もう)す者(もの)の妻(つま)だったものにございます。現世(げんせ)の呼名(よびな)は小櫻姫(こざくらひめ)——時代(じだい)は足利時代(あしかがじだい)の末期(まっき)——今(いま)から約(やく)四百余年(よねん)の昔(むかし)でございます。
松平大和守(やまとのかみ)には客分にあつかわれ、新羅(しんら)三郎義光(よしみつ)の後胤甲斐源氏の名門であり、剣を取らせては海内の名人、しかも家計は豊かであって、倉入り千俵と云われて居り、門弟の数大略(おおよそ)二千
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)