わずらい)” の例文
そこで最も身軽な矢川文一郎と、乳飲子ちのみごを抱いた妻というわずらいを有するに過ぎぬ浅越玄隆とをば先に立たせて、渋江一家が跡に残った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一つは確かに「穢多」という文字がわずらいをなして、世人から理由わけを知らずにただ穢ないものだと盲信せられた結果でもある。
「エタ」名義考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
首尾よく合格して軍人となっても狷介けんかい不覊ふきの性質がわずらいをなして到底長く軍閥に寄食していられなかったろう。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
生きてあらんほどの自覚に、生きて受くべき有耶無耶うやむやわずらいを捨てたるは、雲のしゅうを出で、空の朝な夕なを変わると同じく、すべての拘泥こうでいを超絶したる活気である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これこそ真の処女である! 着ている衣裳は粗末そまつながらそれに何んのわずらいもされず玲瓏れいろうと澄み切ったその容貌は、愛と威厳と美との女神、吉祥天女きっしょうてんにょさながらである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
五百はこれを見て苦々にがにがしくは思ったが、酒を飲まぬ優善であるから、よしや少しく興に乗じたからといって、のちわずらいのこすような事はあるまいと気に掛けずにいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「何るものか。あればあるほどわずらいだ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)