禅刹ぜんさつ)” の例文
小さな禅刹ぜんさつである。ここには、乾物や馬の尿いばりのにおいもしなかった。許されて山門をはいると直ぐ、松平元康のすがたが本堂に見えた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浴主は特に禅刹ぜんさつで入浴のことをつかさどる役目だからである。しかし由玄はこの通り名で、大華厳寺八宗兼学けごんじはっしゅうけんがくの学侶のあいだに親しまれている。それほどにこの人は風呂好きである。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
対岸の松の丘に、古い禅刹ぜんさつがあった。その辺りを八帖山はちじょうさんというせいか、八帖寺と寺の名もばれている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浴主は特に禅刹ぜんさつで入浴のことをつかさどる役目だからである。しかし由玄はこの通り名で、大華厳寺八宗兼学けごんじはっしゅうけんがくの学侶のあひだに親しまれてゐる。それほどにこの人は風呂好きである。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
そこは、市外に近い、蒼古そうことした禅刹ぜんさつの門だった。十河存保そごうまさやすの陣所として、鉄槍や武者の影に埋まっている。宗易は、前後を囲まれながら、槍ぶすまの門を、静かに通った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
禅刹ぜんさつは武者修行する者にとって唯一といっていい心的道場であり、宿舎でもあった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
程離れた山腹の禅刹ぜんさつに、千蛾の霊をとむらう鐘がものさびしく鳴っていた昼のこと。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常に武蔵の生地宮本村のある竹山城下が、その街道の一宿場にあたるし、そこにはまた、小さいながら禅刹ぜんさつもあり、武蔵と沢庵との年齢は、沢庵が十歳ほどの年上だし、また、細川家
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗易は、ここの食堂へほうりこまれた。禅刹ぜんさつの食堂はがらんとして太い丸柱と四壁のほか何もなかった。宗易は、柱の下に、瞑目して坐っていた。牢の如く閉めこんであるので、昼も夜もなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
禅刹ぜんさつしんとしていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)