生平きびら)” の例文
侍は年のころ四十前後で、生平きびら帷子かたびらに、同じ麻を鼠に染めたっ裂き羽織をきて、夏袴をつけて雪駄せったをはいている。その人品も卑しくない。
半七捕物帳:41 一つ目小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さらした生平きびら帷子かたびらの裾をからげ、たすきをかけ、汗止をしている。芝草を踏む素足は露で濡れているし、帷子も汗になっていた。
そう云ううちに、袈裟けさがけに斬り放された生平きびらの襟元がパラリと開いた。赤い雲から覗いた満月のような乳房が、ブルブルとおののきながら現われた。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほどなく土蔵から下りて来た机竜之助は、生平きびら帷子かたびらを着て、両刀を差して、竹の杖をついて、案内知ったらしいこの荒蔵あれぐらを一人で歩いて行きました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある夏土用の日盛ひざかりの事……生平きびらの揚羽蝶の漆紋に、はかま着用、大刀がわりの杖を片手に、芝居の意休を一ゆがきして洒然さっぱり灰汁あくを抜いたような、白いひげを、さわやかしごきながら、これ、はじめての見参。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御家人ごけにん旗本はたもとの間の大流行は、黄白きじろな色の生平きびらの羽織に漆紋うるしもんと言われるが、往昔むかし家康公いえやすこうが関ヶ原の合戦に用い、水戸の御隠居も生前好んで常用したというそんな武張ぶばった風俗がまた江戸にかえって来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)